海外に移住するとき、まだ売っていない株式に所得税がかかることがあります。国外転出時課税、通称「出国税」です。
近年、シンガポールやドバイへの移住を検討する場面で、最初に確認すべき制度になっています。
条文の定義
所得税法第60条の2第1項。
国外転出(国内に住所及び居所を有しないこととなることをいう。以下この条において同じ。)をする居住者が、その国外転出の時において有価証券又は第百七十四条第九号(内国法人に係る所得税の課税標準)に規定する匿名組合契約の出資の持分(……以下この条から第六十条の四まで……において「有価証券等」という。)を有する場合には、その者の事業所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その国外転出の時に、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額により、当該有価証券等の譲渡があつたものとみなす。
売っていないのに、売ったものとみなされます。含み益に対する課税です。
骨格
| 論点 | 条文の定め |
|---|---|
| 「国外転出」とは | 国内に住所及び居所を有しないこととなること(60条の2第1項) |
| 対象資産 | 有価証券等(1項)、未決済信用取引等(2項)、未決済デリバティブ取引(3項) |
| 課税のタイミング | 国外転出の時 |
| 価額の基準時 | ①確定申告書の提出の時までに納税管理人の届出をした場合、②届出をしないで国外転出した日以後にその年分の申告書を提出する場合、③決定がされる場合は、国外転出の時の価額。これら以外は国外転出の予定日から起算して3月前の日の価額(1項1号・2号) |
| 適用しない場合 | 5項各号に定める金額の合計が1億円未満である居住者、又は国外転出の日前10年以内に国内に住所若しくは居所を有していた期間として政令で定める期間の合計が5年以下である居住者(5項)。未決済信用取引等・未決済デリバティブ取引は、みなし決済による利益の額又は損失の額が合計に入ります |
対象は有価証券等です。不動産や現預金は、この条文の対象資産として書かれていません。
この「有価証券等」には、匿名組合契約の出資の持分も含まれます。組合には種類があり、根拠となる法律も損失の扱いも違います。違いは組合の4種類(任意組合・匿名組合・LLP・LPS)の違いで整理しています。
納税猶予には、出国前にしかできない手続がある
所得税法第137条の2第1項が納税猶予を定めています。同項が挙げる要件は2つです。
当該居住者が、当該国外転出の時までに国税通則法第百十七条第二項(納税管理人)の規定による納税管理人の届出をし、かつ、政令で定めるところにより当該年分の所得税に係る確定申告期限までに当該納税猶予分の所得税額に相当する担保を供した場合に限り
猶予の期限は、満了基準日(国外転出の日から5年を経過する日と、帰国等の場合に該当することとなった日のいずれか早い日)の翌日以後4月を経過する日までです。同条第2項の届出書を提出すれば、この「五年」が「十年」になります。その届出書自体に、国外転出の日から5年を経過する日まで(帰国等に該当した場合はその前日まで)という提出期限があります。
納税管理人の届出は「国外転出の時まで」です。出国した後では、この条文の要件を満たしません。
さらに同条第3項は、確定申告書に適用を受けようとする旨の記載と明細書類の添付がある場合に限り適用するとしています。要件はこれを含めて3つです。同条第6項は、猶予期間中、毎年12月31日時点の適用資産について「継続適用届出書」を翌年3月15日までに提出しなければならないとしています。提出されない場合は、同条第8項により、提出期限から4月を経過する日で猶予期限が到来します。同条第7項に、やむを得ない事情があると税務署長が認める場合の定めがあります。
出国して終わりではありません。毎年の手続が続きます。
帰ってきた場合
第60条の2第6項は、国外転出の日から5年を経過する日までに帰国した場合、帰国の時まで引き続き有している資産について、みなし譲渡がなかったものとすることができるとしています。同項にはただし書があります。納税猶予の期限延長を受けている場合は、同条第7項により、この「五年」が「十年」になります。
ただし、自動的に消えるわけではありません。所得税法第153条の2第1項は、この適用を受けるための更正の請求について、「同項各号に掲げる場合に該当することとなつた日から四月以内に」と定めています。帰ってきただけでは終わりません。
実務で迷いが生じるところ
- 1億円の判定はいつ、何を対象に行うのか。第5項が定める区分に沿って計算する必要があります
- 自社株(未上場株式)はどう評価するのか。評価の方法が問題になります
- 10年以内5年以下の要件は、どの期間を数えるのか。「政令で定める期間」と書かれています
- 出国後に株価が下がったらどうなるか。課税された価額と、その後の価額の差の扱いという論点があります
- 移住先の国でも課税されないか。二重課税の調整と租税条約の確認が必要です
- 家族が同時に出国する場合はどうか。判定は個人ごとです
この制度は、出国してからでは打てる手が限られます。納税管理人の届出も、担保の準備も、期限が国外転出の時か確定申告期限に置かれているためです。
移住の予定が立った段階、できれば資産の構成を決める前にご相談ください。
根拠条文
- 所得税法第60条の2(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例)
- 所得税法第60条の3(贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例)
- 所得税法第137条の2(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例の適用がある場合の納税猶予)
- 所得税法第153条の2(国外転出をした者が帰国をした場合等の更正の請求の特例)
- 国税通則法第117条第2項(納税管理人の届出)
- 各租税条約の譲渡収益に関する規定
個別の判定には事実関係の確認が必要です。
本稿は2026年9月6日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。










