国外転出時課税(出国税)は、本人が出ていく場合の制度です。本人が動かなくても、資産が非居住者に移れば同じ課税が起きます。それが所得税法第60条の3です。
海外に住む子や孫へ株式を贈与します。相続人が海外にいます。相続人ではない海外在住者へ遺贈します。贈与・相続・遺贈の3類型で働きます。
条文の定義
所得税法第60条の3第1項。
居住者の有する有価証券等が、贈与、相続又は遺贈(以下この条において「贈与等」という。)により非居住者に移転した場合には、その居住者の事業所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、別段の定めがあるものを除き、その贈与等の時に、その時における価額に相当する金額により、当該有価証券等の譲渡があつたものとみなす。
第2項(未決済信用取引等)と第3項(未決済デリバティブ取引)は、少し形が違います。「譲渡があつたものとみなす」ではなく、贈与等の時に「決済したものとみなして……算出した利益の額又は損失の額に相当する金額が生じたものとみなす」。所得区分も事業所得の金額又は雑所得の金額だけで、譲渡所得は入りません。
課税されるのは、渡した側(居住者。相続では被相続人)です。もらった非居住者ではありません。相続の場合、この所得税は相続人が承継して申告することになります。
骨格
| 論点 | 条文の定め |
|---|---|
| 引き金 | 有価証券等が贈与・相続・遺贈により非居住者に移転したこと |
| 誰の所得か | 移転させた居住者の事業所得・譲渡所得・雑所得(2項3項は事業所得・雑所得) |
| 価額の基準時 | 贈与等の時の価額 |
| 適用しない場合(5項) | ① 贈与等の時に有している有価証券等・未決済信用取引等・未決済デリバティブ取引の合計額が1億円未満である居住者、又は② 贈与等の日前10年以内に国内に住所若しくは居所を有していた期間として政令で定める期間の合計が5年以下である居住者 |
1億円の判定は「渡した分」ではありません。5項は「贈与等の時に有している有価証券等並びに契約を締結している未決済信用取引等及び未決済デリバティブ取引」の合計額と書いています。渡さずに手元に残した分も、母数に入ります。3,000万円分だけ贈与したつもりでも、その時点の保有総額が1億円以上なら課税されます。
この「有価証券等」には、匿名組合契約の出資の持分も含まれます。組合には種類があり、根拠となる法律も損失の扱いも違います。違いは組合の4種類(任意組合・匿名組合・LLP・LPS)の違いで整理しています。
10年・5年という枠は60条の2(出国税)と同じ形です。違うのは、判定の時点が「国外転出の時」ではなく「贈与等の時」であることです。
納税猶予の要件が、出国税と違う
所得税法第137条の3が納税猶予を定めています。贈与の場合と相続の場合で、要件が違います。
第1項(贈与) ── ここでいう「贈与」からは死因贈与(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与)が除かれます。要件は「政令で定めるところにより当該年分の所得税に係る確定申告期限までに当該贈与納税猶予分の所得税額に相当する担保を供した場合に限り」。
第2項(相続・遺贈) ── こちらには死因贈与が含まれます。相続人が担保を供し、「かつ、当該年分の所得税に係る確定申告期限までに当該相続又は遺贈により当該対象資産を取得した非居住者の全てが……納税管理人の届出をした場合に限り」。
そして第1項・第2項に共通して、第4項があります。確定申告書に適用を受けようとする旨の記載があり、かつ、みなし譲渡・決済の明細と納税猶予分の所得税額の計算に関する明細その他の書類の添付がある場合に限り適用する、という申告要件です。ただし第5項に宥恕があります。記載や添付がなかったこと、申告書の提出がなかったことにやむを得ない事情があると税務署長が認めるときは、書類の提出を条件に適用できます。
| 担保 | 納税管理人の届出 | 申告書の記載・添付 | |
|---|---|---|---|
| 出国税(137条の2) | 確定申告期限まで | 国外転出の時まで(本人) | 必要(3項。4項に宥恕) |
| 贈与(137条の3第1項) | 確定申告期限まで | 猶予の入口要件ではない(ただし下記10項) | 必要(4項。5項に宥恕) |
| 相続・遺贈(137条の3第2項) | 必要 | 確定申告期限まで(対象資産を取得した非居住者の全員) | 必要(4項。5項に宥恕) |
相続・遺贈の場合、「対象資産を取得した非居住者」が1人でも届出をしなければ、猶予が使えません。条文は「全て」と書いています。ここで数えるのは対象資産(有価証券等・未決済取引に係る契約)を取得した非居住者です。相続人か受遺者かは問いません。逆に、現金や不動産だけを相続した非居住者は、この「全て」には入りません。
贈与でも、納税管理人が無関係ではありません。第10項は、第1項の猶予を受けている者がその後みずから国外転出をしようとする場合に、国外転出の時までの納税管理人の届出を義務づけ、届出がなければ第8項・第9項を準用して猶予期限を確定させます。
猶予は、放置すると切れる
第7項は、猶予を受けている者に、各年12月31日時点の適用資産について継続適用届出書を翌年3月15日までに毎年提出する義務を課しています。第9項は、提出がなければ提出期限から4月を経過する日をもって猶予期限とすると定めます(第8項に「やむを得ない事情」の宥恕あり)。
第6項は、もらった側の非居住者が満了基準日までに譲渡・決済・贈与による移転をしたときに、その部分の猶予期限が4月を経過する日で確定すると定めます。
満了基準日は「贈与等の日から5年を経過する日」と「受贈者帰国等・相続人帰国等に該当することとなった日」のいずれか早い日で、猶予はその翌日以後4月を経過する日まで。5年は自動延長ではなく、第3項の届出書を出して初めて10年になります。
帰ってきた場合
第60条の3第6項が、みなし譲渡等をなかったものとすることができる場合を定めています。
- 1号 ── 非居住者である受贈者、又は同一の被相続人から相続若しくは遺贈により財産を取得した全ての非居住者が、贈与等の日から5年を経過する日までに帰国した場合
- 2号 ── 5年以内に、移転を受けた資産を贈与により居住者に移転した場合
- 3号 ── 5年以内に受贈者等が死亡し、相続・遺贈で移転を受けた個人の全てが居住者となった場合など
第7項により、納税猶予を受けている場合はこの「5年」が「10年」に読み替えられます。60条の2第6項ただし書を準用する旨も置かれています。
ここでも「全て」です。相続の場合、財産を取得した非居住者が1人でも帰国しなければ、1号では取り消せません。
なお、第4項は、移転を受けた個人側の取得価額の扱いを定めています。渡す側で課税の対象になった価額が、原則としてもらった側の取得価額になります。ただし第4項にはただし書があります。贈与等の年分の所得税につき確定申告書の提出も決定もされていない場合、みなし譲渡益が総収入金額に算入されていない場合、第6項前段の適用があった場合は、この限りでない。渡した側が申告しなければ、もらった側の取得価額は上がりません。
実務で迷いが生じるところ
- 贈与の日はいつか。契約の日か、名義変更の日かという論点があります
- 相続人が複数いて、一部だけ非居住者ならどうなるか。移転した資産ごとに見ることになります
- 1億円は何で判定するのか。5項は「贈与等の時に有している」全部と書いています。渡した分だけではありません
- もらった側の国でも課税されないか。二重課税の調整と条約の確認が必要です
- 相続税と所得税の両方がかかるのか。課される主体と根拠法が別です
- 猶予を続ける手続を誰が管理するのか。毎年の継続適用届出書が要ります
海外に家族がいる方の資産承継は、贈与のタイミングと相続のタイミングで、要件も手続も変わります。事後の取消し(6項)はありますが、期限も要件も厳しく、当然に戻るものではありません。承継の設計を始める段階でご相談ください。
根拠条文
- 所得税法第60条の3(贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例)── 第1項〜第7項
- 所得税法第60条の2(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例)
- 所得税法第137条の3(贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例の適用がある場合の納税猶予)── 第1項〜第10項
- 所得税法第137条の2(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例の適用がある場合の納税猶予)
- 国税通則法第117条第2項(納税管理人)
- 相続税法第1条の3(相続税の納税義務者)
個別の判定には家族の居住地と資産の内容の確認が必要です。
本稿は2026年9月6日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。

