海外に移り住んでも、日本の所得税から抜けられるとは限りません。分かれ目は「居住者かどうか」です。そして、その判定に「183日」のような滞在日数で機械的に切る基準はありません。
条文の定義
所得税法第2条第1項第3号。
居住者 国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人をいう。
同項第5号。
非居住者 居住者以外の個人をいう。
条文上の時間の基準は「引き続いて1年以上の居所」だけです。183日は租税条約の短期滞在者免税で出てくる別の話であって、居住者判定の基準ではありません。
| 区分 | 条文 | 判定 |
|---|---|---|
| 居住者 | 所法2条1項3号 | 国内に住所がある、又は現在まで引き続いて1年以上の居所がある |
| 非永住者 | 所法2条1項4号 | 居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下 |
| 非居住者 | 所法2条1項5号 | 居住者以外 |
非永住者は「日本の国籍を有しておらず」が要件です。日本人は非永住者になれません。
「住所」とは何か ── 所得税法に定義がない
所得税法は「住所」を定義していません。定義しているのは民法です。
(住所)第二十二条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。
税法の「住所」はこの民法の概念を借りています。登録や届出ではなく、生活の実態で決まります。住民票を抜いたかどうかは、判定材料の1つにすぎません。
推定規定は「両方向」にある
所得税法3条2項が政令に委任し、所得税法施行令に住所の推定規定が2つ置かれています。入るほうと出るほうの両方です。
所令14条1項(国内に住所を有する者と推定する場合)
国内に居住することとなつた個人が次の各号のいずれかに該当する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定する。
一 その者が国内において、継続して一年以上居住することを通常必要とする職業を有すること。
二 その者が日本の国籍を有し、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が国内において継続して一年以上居住するものと推測するに足りる事実があること。
所令15条1項(国内に住所を有しない者と推定する場合)
国外に居住することとなつた個人が次の各号のいずれかに該当する場合には、その者は、国内に住所を有しない者と推定する。
一 その者が国外において、継続して一年以上居住することを通常必要とする職業を有すること。
二 その者が外国の国籍を有し又は外国の法令によりその外国に永住する許可を受けており、かつ、その者が国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有しないことその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が再び国内に帰り、主として国内に居住するものと推測するに足りる事実がないこと。
15条2号の入口は「外国籍」または「その外国の永住許可」です。「又は」で並んでいます。日本国籍のままでも、移住先の永住許可を受けていれば2号の第1要件は満たします。外国籍も永住許可もない人は、1号(職業の基準)で勝負することになります。
1号は「職業」の話です。観光や長期滞在ではありません。
どちらの条も第2項があります。本人についての推定が、生計を一にする配偶者その他その者の扶養する親族にも及ぶという規定です。ただし、14条2項はその家族が国内に居住する場合、15条2項は国外に居住する場合に限られます。家族の所在が本人の判定に効いてくるのは、2項ではなく1項2号のほうです。
課税される所得の範囲が変わる
所得税法第7条第1項。
| 区分 | 課税される所得 |
|---|---|
| 非永住者以外の居住者 | 全ての所得(国内・国外を問わない) |
| 非永住者 | 国外源泉所得以外の所得、及び国外源泉所得で国内において支払われ、又は国外から送金されたもの |
| 非居住者 | 所法164条1項各号に掲げる非居住者の区分に応じ、同項各号及び同条2項各号に定める国内源泉所得 |
ここでいう「国外源泉所得」は所法95条1項に規定するもので、括弧書きにより「国外にある有価証券の譲渡により生ずる所得として政令で定めるもの」を含みます(所令17条・非永住者の課税所得の範囲)。国外株式の譲渡益が非永住者の課税範囲でどう扱われるかは、この括弧書きを読まないと答えが出ません。
居住者であれば、世界中の所得が日本の課税対象です。ここが分かれ目の重みです。
公務員は、国内に住所がなくても居住者。ただし例外がある
所得税法第3条第1項。
国家公務員又は地方公務員(これらのうち日本の国籍を有しない者その他政令で定める者を除く。)は、国内に住所を有しない期間についても国内に住所を有するものとみなして、この法律(第十条(障害者等の少額預金の利子所得等の非課税)、第十五条(納税地)及び第十六条(納税地の特例)を除く。)の規定を適用する。
「その他政令で定める者」は所令13条です。
(国内に住所を有するものとみなされる公務員から除かれる者)第十三条 法第三条第一項……に規定する政令で定める者は、日本の国籍を有する者で、現に国外に居住し、かつ、その地に永住すると認められるものとする。
除外されるのは外国籍の職員だけではありません。日本国籍でも、現に国外に居住しその地に永住すると認められる者はみなし規定から外れます。民間の海外赴任には、そもそもこの規定はありません。
実務で迷いが生じるところ
- 住民票を抜けば非居住者か。住所は生活の本拠で判定されます。住民票は材料の1つです
- 1年の勤務予定で出たが、途中で帰任したらどうなるか。「通常必要とする職業」の当初の性質が問われます
- 家族を日本に残したまま単身で出たらどうなるか。所令14条2号・15条2号では家族の所在が条文上の考慮要素です。15条1号(職業の基準)自体に家族の要素はありませんが、推定が働かない場面の総合判定では効いてきます
- 住居を日本に残したままだとどうか。資産の有無等の状況として考慮されます
- 相手国でも居住者と判定されたらどうなるか。双方居住者となり、租税条約のタイブレーカー・ルールで振り分けます
- 出国の日と入国の日は、どちらの側で数えるのか。居所の期間計算の問題です
- 相続税・贈与税の「住所」は所得税と同じか。別の法律です。同じ言葉でも判定の場面が違います
移住の可否は、日数ではなく生活の本拠で決まります。そして推定規定は、出る側にも入る側にも働きます。移住を検討する段階で、職業・家族・資産の3つをどう組むかを設計しておくかどうかで、結果が変わります。動く前にご相談ください。
根拠条文
- 所得税法第2条第1項第3号(居住者)・第4号(非永住者)・第5号(非居住者)
- 所得税法第3条第1項・第2項(居住者及び非居住者の区分)
- 所得税法第7条第1項・第2項(課税所得の範囲)
- 所得税法施行令第13条(国内に住所を有するものとみなされる公務員から除かれる者)
- 所得税法施行令第14条(国内に住所を有する者と推定する場合)
- 所得税法施行令第15条(国内に住所を有しない者と推定する場合)
- 所得税法施行令第17条(非永住者の課税所得の範囲)
- 民法第22条(住所)
個別の判定には生活の実態の確認が必要です。
本稿は2026年8月31日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。










