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不動産化体株式の譲渡課税――シンガポールと香港の租税条約を比較する

日本の不動産を持つ会社を、海外の持株会社の傘下に置く。その持株会社の株式を海外の法人が売却したら、売ったのは「海外の株式」なので、日本の税金とは無関係なのでしょうか。

この問いは、株式を発行した会社の所在地だけでは答えられません。誰が売るのか、どの会社の株式を売るのか、不動産を直接持っているのか、子会社を通じて持っているのか。そして、日本と売主の居住地との租税条約が何を定めているかを確かめる必要があります。

今回は、日本の不動産に関係する株式を海外法人が売る場面を、日星租税条約と日港租税協定で比較します。

売るのは建物ではなく株式。それでも不動産との関係が問題になる

土地や建物の売却と、その不動産を保有する会社の株式の売却では、法律上の売買対象が違います。しかし、株式の価値の大部分が不動産に由来するなら、経済的には不動産の価値を移転する面があります。

このような株式について、不動産の所在国にも譲渡益への課税を認める条約上の規定があります。実務では「不動産化体株式」などと呼ばれます。国内法上の「不動産関連法人」の株式と関連する概念ですが、両者の要件がいつも一致するわけではありません。

不動産会社という業種名で決まるものでもなく、事業会社でも保有資産の構成によって検討が必要になります。

まず、直接保有と間接保有を分ける

以下では、売主をシンガポール又は香港の条約上の居住者である法人とします。日本の不動産を、次のどちらの形で保有しているかを比較します。

A:日本の不動産を直接保有する会社の株式を売る。

売却対象会社自身が土地や建物を持っています。

B:日本の不動産保有会社を子会社とする、海外持株会社の株式を売る。

売却対象の持株会社が直接持つ資産は子会社株式です。不動産は、その下の会社が保有しています。

Bの構造は、売主 → 売却対象の持株会社 → 日本の不動産保有会社 → 日本の不動産となります。売主が日本の不動産保有会社の株式を売るAと、持株会社の株式を売るBを混同しないことが大切です。

A|不動産を直接保有する会社の株式を売却

シンガポール又は香港の
条約上の居住法人(売主)
↓ この株式を売る
日本の不動産保有会社
↓ 直接保有
日本の土地・建物
B|海外持株会社の株式を売却

シンガポール又は香港の
条約上の居住法人(売主)
↓ この株式を売る
海外持株会社
↓ 株式を保有
日本の不動産保有会社
↓ 直接保有
日本の土地・建物

一般化した説明図。枠を緑にした会社の株式が売却対象。特定案件の組織図ではありません。

日星条約と日港協定には、「間接保有」の書き方に違いがある

日星条約13条4(a)は、不動産を主要な財産とする法人の株式等を扱います。日港協定13条2は、資産価値の50%以上が、不動産により直接又は間接に構成される法人等の株式・持分を扱います。

日本不動産に関係する株式を海外法人が売る場合 シンガポール居住法人が売主 香港居住法人が売主
比較する条約規定 日星条約13条4(a) 日港協定13条2
不動産との関係 不動産を「主要な財産」とする法人等 資産価値の「50%以上」が不動産により構成される法人等
A:売却対象会社が不動産を直接保有 規定の要件を満たせば、日本の課税が条約上許容される 同左
B:子会社を通じた間接保有 「直接又は間接」という明文なし。子会社株式とその先の不動産の扱いが解釈上の論点 「直接又は間接」と明記。子会社を通じた価値の構成も判定対象
上場株式に関する除外 公認取引所で通常取引される株式を当該規定から除外 公認市場で取引され、かつ売主・特殊関係者の同種株式等の保有が5%以下の場合に当該規定から除外
不動産化体株式に関するMLI第9条 財務省の適用一覧に含まれない 同左
条約特典の主要目的テスト(PPT) 適用あり 適用あり

表は日本を不動産所在国とする比較です。条約が日本の課税を許容することと、日本の国内法に基づき実際に課税されることは別に確認します。日星条約13条日港協定13条

この文言差は、Bの構造を検討するうえで重要です。ただし、「日星条約に間接という言葉がないので、シンガポールの持株会社を挟めば必ず非課税」と一般化することはできません。条約の用語の解釈、他の条項、実際の保有構造まで検討して結論を出します。

適用する条約は、売却対象会社の所在地だけでは決まらない

シンガポール法人の株式を売るから日星条約、香港法人の株式を売るから日港協定、と決まるものではありません。まず売主がどの条約の居住者要件を満たすかを確認します。香港設立法人についても、設立地だけで判断せず、日港協定4条が定める事業の管理・支配の主たる場所などを確認する必要があります。日港協定の統合参考文書・4条

なお、日本居住者個人が自分の保有株式を売る場合は、本稿と出発点が異なります。非永住者を除き、条約上も日本居住者であれば、外国株式の譲渡益も原則として日本で課税されます。また、不動産がシンガポールや香港に所在する取引は、その所在地側の課税権を別に検討する話です。国税庁:海外で株式等を売却した場合

日本の国内法と条約を、二段階で読む

海外法人が売主の場合、まず日本の国内法上の課税対象に該当するかを調べ、そのうえで租税条約が日本の課税を制限するかを確認します。

法人税法施行令178条には、日本の不動産を保有する法人の株式や、さらにそれを保有する法人の株式を含めて判定する仕組みがあります。不動産関連法人の判定には譲渡前365日間の資産構成が関係し、譲渡者側の保有割合にも別の要件があります。外国法人が発行する株式だから、国内法の検討が不要になるわけではありません。法人税法施行令178条

一方、国内法では間接保有が含まれるから、条約上も当然に同じ範囲で日本が課税できる、と読むこともできません。国内法の要件と条約の要件を、一つずつ区別するのがポイントです。

不動産の条項だけで検討を終えない

日星条約には、不動産関連株式とは別に、相手国居住法人の株式について一定規模の保有・譲渡を条件とする規定があります。日本の恒久的施設に関係する財産の譲渡なども含め、不動産の条項に当たらないことだけで、日本で課税されないと判断することはできません。日星条約13条

また、売却前に現物出資や会社分割を行うなら、その再編自体の課税は別に検討します。最終的な株式売却だけを見て、それ以前の資産移転を見落とさないようにします。

MLIで、両方の条約が同じ規定になったわけではない

BEPS防止措置実施条約(MLI)は、既存の租税条約に修正を加える仕組みです。ただし、すべての二国間条約に、すべての規定が一律に入るわけではありません。

財務省の適用一覧では、日星・日港とも、不動産化体株式に関するMLI第9条は適用規定に含まれていません。両方の条約にMLIによる365日判定が当然に追加された、と扱うことはできません。日本の国内法にある365日判定とは別の問題です。

一方、両方にMLI第7条1の主要目的テスト(PPT)が適用されます。条約特典の取得が取引等の主要な目的の一つであると合理的に判断されるときは、関係規定の趣旨・目的に沿う特典であることが立証される場合を除き、その特典が認められないことがあります。税務上の目的があるだけで自動否認される規定でも、事業目的があれば必ず適用を免れる規定でもありません。財務省:日星のMLI適用関係日港のMLI適用関係

売却前に、何をそろえるか

この論点の検討には、組織図に加え、次の情報が役立ちます。

  • 売主の条約上の居住地と、売却対象となる株式の特定
  • 各社が直接持つ資産と、子会社を通じて持つ資産の構成・評価額の推移
  • 株式の上場状況、株主構成、保有割合の推移
  • 日本の事業拠点と対象株式との関係
  • 売却前の再編の経緯、事業目的、意思決定の時期

シンガポールと香港の条文差を比較する意味は、検討すべき要件を明らかにすることにあります。どの株式を、誰が、いつ、どのような経緯で売るのか。そこを特定して、国内法と条約をそれぞれ当てはめていきます。


一般的な論点解説です。特定の再編・売却の非課税を保証するものではありません。売主の居住地側の課税は別途検討が必要です。資料確認:2026年9月21日。過去の取引では、当時の法令とMLIの適用開始時期の確認も必要です。

本稿は2026年9月21日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。

記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。

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