国外転出時課税の納税猶予を使う場合、出国前に納税管理人の届出を済ませ、確定申告期限までに申告と担保の準備をする必要があります。猶予を受けた後も、毎年の届出と資産の移動の管理が続きます。5年又は10年たてば自動的に免税になる制度ではありません。
既稿の納税猶予の基本を踏まえ、本稿では「始める・続ける・終える」の順に整理します。中心は本人の国外転出に伴う猶予です。国内にいる方から非居住者への贈与・相続に伴う猶予は、最後に分けて説明します。国税庁の2026年4月1日現在法令等による解説と公表資料を基にした一般的な説明です。
まず、猶予する税金が何かを確認する
国外転出時課税は、一定の居住者が国外転出するとき、対象資産を売却・決済したものとみなして含み益に所得税を課す制度です。対象資産の価額等が1億円以上で、原則として出国前10年以内の国内居住期間が合計5年を超えることなどが条件です。在留資格等による期間計算の例外もあり、国籍や資産額だけでは決まりません。2015年7月1日以後の国外転出等が対象です。
納税猶予は、この課税により納付する所得税の支払を一定期間先に延ばす仕組みです。出国した年の他の所得に対する税金まで、まとめて猶予するものではありません。基本的な対象範囲は国税庁「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」をご確認ください。
出国前と申告期限に、別々の手続がある
本人が国外転出するケースでは、国外転出の時までに納税管理人の届出をします。そのうえで、確定申告書に猶予を受ける旨を記載し、対象資産の明細や猶予税額の計算書などを添付します。担保も確定申告書の提出期限までに提供します。納税管理人を決める時期と担保を提供する時期は同じではありません。
担保は、猶予される所得税額と利子税額に相当するものが必要です。不動産、国債・地方債、税務署長が確実と認める有価証券や保証などが候補になります。株券不発行会社の非上場株式にも所定の手続がありますが、自社株を持っているだけで当然に担保提供が終わるわけではありません。株式の権利関係、必要書類、担保としての評価を事前に確認します。
資産価額と担保として認められる額は、同じとは限りません。納税資金を確保する計画と併せて、担保として何を差し入れるかを決めておく必要があります。担保の種類と手続は国税庁FAQのQ67〜Q71に説明されています。様式は提出時点のものを使います。
5年間の猶予と、10年への延長を区別する
通常の猶予期間は国外転出の日から5年間で、延長の届出により最長10年間になります。延長届出は、国外転出の日から5年を経過する日までに行います。毎年の継続適用届出書を出していても、それだけで10年に延びるものではありません。国税庁の制度説明と期限延長届出書で、別手続であることを確認できます。
ここで「猶予期間の満了日」と「納付の期限」は区別します。現行の国税庁解説では、納期限は満了日の翌日以後4か月を経過する日とされています。古い資料には単に5年又は10年の期限と書かれているものがあるため、その表現だけで現在の納期限を決めないことが大切です。
毎年の届出と、納税管理人・担保の管理
猶予中は、各年12月31日時点で所有等している適用資産について、継続適用届出書を翌年3月15日までに提出します。休日等による期限の取扱いも確認します。海外の証券口座に移していても、その後の保有状況を追えるようにしておきます。
提出しない場合、原則として提出期限から4か月を経過する日に残りの猶予税額の期限が確定します。やむを得ない事情がある場合の救済規定はありますが、単なる失念でも必ず救済されるという前提では管理できません。
担保価値が下がり、増担保等の命令に応じない場合や、届出内容と異なる事実が判明した場合には、税務署長による期限の繰上げが問題になります。また、納税管理人の解任後4か月以内に新たな届出をしない場合なども対象です。納税管理人の死亡等については、その事実を知った日から6か月以内という別の区切りがあります。本人の住所変更だけでなく、管理を任せた相手の状況も継続管理に含めます。
途中で売ったときは、対応する税額の期限が来る
適用資産を売却・決済したり贈与したりすると、原則として、その資産に対応する猶予税額について、事由が生じた日から4か月を経過する日に納期限が確定します。資産の種類や名称などを記載した書類も、事由が生じた日から4か月以内に提出します。一部を売っただけで残りも常に全部終了するわけではありません。
納付する金額は、売却代金の一定割合という計算ではありません。出国した年の所得税と猶予税額を基に、既に終了した部分も考慮して計算します。期限が来た税額には、猶予期間に応じた利子税も伴います。売買のどの日を基準とするかを含め、所得税基本通達137の2-2・137の2-3に取扱いがあります。
一方、所定の株式交換・株式移転等には継続保有として扱われるケースがあります。証券口座で銘柄や株数が変わったことだけで、猶予終了と決めることはできません。国税庁の株式交換等に関する質疑応答も確認し、会社再編の内容を伝えて判断します。
満了前に自ら猶予を取りやめる場合は、書面による申出と猶予税額の全部の納付によって終了する取扱いがあります。値下がり時の再計算や帰国時の取消しに影響することがあるため、単に管理を終えたいという理由で取りやめる前に、その後の予定も確認します。所得税基本通達137の2-4がこの取扱いを示しています。
帰国や家族への移転では、課税の取消しを別に検討する
国外転出から5年以内、猶予の延長を受けている場合は10年以内に帰国し、帰国まで対象資産を引き続き保有していれば、その資産について国外転出時課税の取消しを受けられる場合があります。帰国の日から4か月以内に、更正の請求又は修正申告が必要です。ここでいう帰国は税法上の居住状態への復帰であり、短期の一時帰国だけでは足りません。
居住者への贈与や、本人の死亡に伴う相続・遺贈にも取消しの制度があります。ただし、相続では対象資産を取得した相続人・受遺者の全員の居住状況などが問題になり、限定承認等の除外もあります。隠蔽・仮装に基づく所得にも取消しの制限があります。細かな対象要件は課税の取消しに関する記事で整理しています。
本人が死亡した場合も、猶予税額が自動的に消えるわけではありません。納付義務は相続人に承継され、対象資産を取得していない相続人にも関係します。非居住者の猶予承継相続人には、原則として相続開始の翌日から4か月以内の納税管理人の届出が必要です。家族に、出国時の申告書、担保、届出控えの保管場所を伝えておく意味があります。
非居住者への贈与・相続に伴う猶予は、開始手続が異なる
日本にいる方が非居住者へ資産を贈与したために課税されるケースでは、所得税の申告者は贈与者です。猶予を求める旨と必要書類を確定申告書に記載・添付し、期限までに担保を提供します。本人の国外転出で必要となる「出国前の納税管理人届出」を、そのまま当てはめる仕組みではありません。国税庁・国外転出(贈与)時課税に要件があります。
相続の場合は、準確定申告期限までに、対象資産を取得した非居住者の相続人等の全員が、原則として連署した一つの書面で納税管理人を届け出ます。準確定申告での記載・添付と担保提供も必要で、継続届も原則として連署します。国税庁・国外転出(相続)時課税の手続です。
出国、贈与、相続は、いずれも海外との資産移転に関わりますが、誰が税金を負担し、誰がどの期限までに届け出るかが違います。猶予を選ぶ際は、開始時の税額だけでなく、保有中の管理担当者と、売却・帰国・相続が起きた場合の連絡先まで決めておくと、必要な手続につなげやすくなります。
本稿は2026年9月20日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。

