海外で起業するとき、会社を作り、生活を立ち上げるまでで予定表が埋まりがちです。しかし、IPOやM&Aを目指すなら、株式が値上がりする前に「売却した後、どこで暮らすか」まで考えておく意味があります。
移住、事業の成長、売却、帰国は、それぞれ税務を確認する節目です。特に、会社に価値が生まれてから海外へ移る場合には、まだ株式を売っていなくても、日本の国外転出時課税、いわゆる出国税の対象となることがあります。
創業時に決めた計画を、そのまま維持する必要はありません。事業が成長すれば株式の価値も変わり、買い手が現れれば売却方法が具体化し、家族の事情で帰国時期が変わることもあります。重要なのは、事情が変わったときに、税務の前提も更新することです。
出国税は、現金がなくても問題になる
国税庁の国外転出時課税の説明では、一定の居住者が国外転出するときに、対象資産を売却・決済したものとみなし、含み益へ所得税を課します。国外転出とは、国内に住所も居所も有しなくなることです。単なる旅行の出発ではありません。
主な要件は、所有する対象資産を所定の方法で評価した合計額が1億円以上であることと、原則として、出国前10年以内の国内在住期間が5年を超えることです。1億円は含み益の額ではなく、対象資産の価額等の合計です。一定の在留資格による期間を除くなど、居住期間の計算には例外があります。
対象には株式や投資信託などの有価証券、匿名組合の出資持分、未決済の信用取引・デリバティブ取引などが含まれます。家や現金を含む「全財産が1億円」という条件ではありません。また、未決済取引は想定元本をそのまま足すのではなく、所定の決済損益等を用います。
例えば、所定の評価で自社株が9,000万円、別の対象株式が2,000万円なら、合計は1億1,000万円です。自社株だけでは1億円に届かなくても、ほかの対象資産と合わせて判定します。この仮定例で、1億1,000万円全額が利益として課税されるという意味ではありません。対象となるかの判定と、取得費などを踏まえた所得の計算は別です。
創業者にとって重要なのは、自社株も確認対象になることです。国税庁の国外転出時課税FAQは、非上場株式を含む有価証券の評価や納税手続を説明しています。非上場だから対象外、創業時の出資額が小さいから無関係、とはいえません。直近の資金調達価格を、自分の株式の税務上の価額としてそのまま使えるかも検討が必要です。
評価する日にも注意が必要です。出国後に申告する場合と、納税管理人を定めず出国前に申告する場合では、原則となる評価時点が異なります。引越し直前の株価だけで判定せず、申告の方法を決めてから評価資料を準備します。
猶予を使うなら、出国前から手続きを組む
株式には価値があっても、売れていなければ納税用の現金が足りないことがあります。出国税には納税猶予がありますが、自動的に受けられるものではありません。出国までの納税管理人の届出、申告、担保の提供などが必要です。
猶予は原則5年間で、所定の届出により最長10年間へ延長できます。その間も継続適用の届出などがあり、対象株式の売却等が起きると、その部分の納税期限が確定する場合があります。海外に移ってから手元資金を考えるのではなく、評価と手続、資金繰りを一緒に準備します。
資金の予定も二段階で作ります。出国時点で必要な現金と手続を整理したうえで、その後に株式を売った場合、売らずに保有を続ける場合、帰国する場合を分けます。猶予を選べば将来の納税について考えなくてよくなるわけではないため、事業資金と生活資金に加え、税金を支払う資金を把握します。
海外で売る日と、帰国する日を分けて検討する
海外で会社を売れば、売却益が必ず無税になるわけではありません。売る人の税務上の居住地、株式か事業かという売却対象、会社や資産の所在地、関係国の税制と租税条約によって変わります。
創業者が自分の株式を売る場合は本人が代金を受け取りますが、会社が事業を売る場合は会社が受け取ります。後者で、そのお金を配当などにより本人へ移すなら、個人段階まで検討します。「売却額から法人税率を引けば手取り」という計算では済みません。
IPOについても、上場という出来事と、創業者が株式を売って現金を受け取る出来事を分けます。保有を続ける株式と売り出す株式があれば、それぞれの数量と時点を整理します。M&Aでも同様に、買い手の提示する総額だけでなく、創業者がどの資産を渡し、いつ何を受け取るかを具体的にします。
帰国後に日本の居住者として海外株式を売却すれば、日本で課税される場合があります。国税庁の居住者による海外株式の売却の説明は、海外での売却益も原則として日本の課税対象になるとしています。日本国籍の居住者なら、代金を海外に置いたままでも、それだけで課税を繰り延べられるわけではありません。
逆に、既に得た売却代金を帰国後に送金したという事実だけで、株式の譲渡所得がその日に生じるわけでもありません。売却所得がいつ生じ、当時どの国の居住者だったかを確認します。外貨の換金に伴う損益などは別の論点です。
帰国時の取消しにも、条件がある
出国税を申告した人が5年以内に帰国し、帰国まで引き続き保有している対象資産については、所定の手続で課税を取り消せる場合があります。納税猶予を延長した場合は10年以内となる制度です。原則として帰国から4か月以内の更正の請求等が必要で、既に売却した株式まで、帰国だけで一括して取り消せるという意味ではありません。
例えば、出国時に持っていた株式の一部を海外で売却し、残りを保有したまま帰国するなら、売却済みの部分と継続保有の部分を区分して確認します。出国時の一覧、途中の売買履歴、帰国時の保有残高がつながっていれば、どの資産についてどの手続を検討するのかを整理できます。
相談の際には、出国と帰国の予定日だけでなく、株式の取得時期・取得費、これまでの申告や猶予の届出、売却契約の内容を共有します。「帰国すれば税金はどうなるか」という一つの質問を、既に課税された利益、これから実現する利益、帰国後の所得に分けることが、確認を具体化する助けになります。
最初に作るのは、完璧な将来予測ではなく、出国時、調達時、売却時、帰国時の確認表です。持株比率、株式の価額、所得の発生、本人の居住地を各時点で見直す。事業の成功を、納税や帰国手続で慌てず受け止めるために、出口から起業を設計しておきましょう。
本稿は2026年9月9日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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