PEファンドとの交渉では、Put、Drag、Vestingなどの英語が出てきます。訳語が分かっても、自分のお金や権利がどう変わるかまで分かるとは限りません。
確認の軸は、「誰が権利を持つか」「どんな場合に使えるか」「価格や支払額をどう決めるか」「実際に払う相手は誰か」の4点です。本稿は、そのための参照用の用語集です。
以下は、日本の会社を売り、一部の株式を持ち続ける経営者を想定した機能の整理です。数値や退任条件の例は、実在の案件とは関係のない仮例です。日本のPE取引に必ず入る条項という意味ではなく、同じ略称でも契約の定義や例外によって効果が変わります。
まず、どの契約の話かをそろえる
| 英語・読み方 | 日本語でいうと | お金・権利への影響と確認点 |
|---|---|---|
| SPA / エスピーエー | 株式売買契約など | 売買対象、代金、実行条件、補償を定める。略称だけで決めず、正式名称と対象を読む |
| SHA / エスエイチエー | 株主間契約 | 売却後に株主として残る場合の経営関与、譲渡、退出などの関係を定める |
| Signing / サイニング | 契約締結 | 署名した段階。代金や株式の引渡しが終わったとは限らない |
| Closing、Completion / クロージング、コンプリーション | 取引の実行・完了 | 条件を確認し、株式等と代金を引き渡す段階。決済後に残る義務は別途確認 |
価格を決めるSPAと、再出資後の権利を決めるSHAを別々に読むだけでは足りません。退任によって株式の買い取り条件が変わるなら、経営委任・雇用等の契約も重ねて確認します。契約同士の優先関係や、添付書類に置かれた定義も重要です。
PutとCall――誰が「売る」「買う」を決めるのか
| 英語・読み方 | 日本語でいうと | お金・権利への影響と確認点 |
|---|---|---|
| Put Option / プット・オプション | 売り付ける権利 | 権利者が、相手に対象株式等を買うよう請求する。行使期間、条件、価格、支払義務者を確認 |
| Call Option / コール・オプション | 買い取る権利 | 権利者が、相手に対象株式等を売るよう請求する。自分が売る側なら、保有継続を選べなくなる場合がある |
| Exercise Price / エクササイズ・プライス | 権利行使価格 | 固定額か、利益倍率等による算式か。評価日、借金・現金、調整項目、紛争時の決定方法で受取額が変わる |
独立した仮例として、自分が一定期間に3000万円で売れるPutを持つ場合と、相手が3000万円で買えるCallを持つ場合を比べます。前者は条件を満たせば自分が売る判断をする権利、後者は相手が買う判断をする権利です。「3000万円で買い取る条項がある」という説明だけでは、両者を区別できません。
Putがあっても、義務を負う相手が払えなければ、契約どおりの現金回収にはつながりません。株式を買う会社、運用会社、ファンド本体を区別し、保証や担保、支払いの条件まで確認します。
DragとTag――他の株主が売るとき、自分はどうなるか
| 英語・読み方 | 日本語でいうと | お金・権利への影響と確認点 |
|---|---|---|
| Drag Along / ドラッグ・アロング | 他の株主にも売却を求める権利 | 所定の株主が売るとき、他の株主にも参加を義務付ける仕組み。発動割合、価格条件、売却対象、補償負担を確認 |
| Tag Along / タグ・アロング | 他の株主の売却に参加する権利 | 一緒に買ってもらうよう求める仕組み。全部か比例分か、通知期限、対価や負担が同じかを確認 |
| ROFR / アールオーエフアール | 優先購入権 | 第三者へ売る具体的条件を基準に、先に買う機会を得る仕組み。対象者、同条件の範囲、回答期限を確認 |
| ROFO / アールオーエフオー | 優先的に買付けの提案等をする機会 | 第三者への売却交渉に先立つ手順などを定める仕組み。誰が先に価格を示すか、その後の第三者売却条件を確認 |
Dragは、売り手が株式をまとめて買い手に渡せるようにする一方、自分だけ売らずに残る自由を制限します。何%の株主が発動できるか、価格の下限があるか、自分も補償義務を負うかを確認します。
Tagは少数株主が取り残されるのを防ぐ機能がありますが、必ず全株を売れるとは限りません。独立した仮例として、ファンド側が80株、元オーナーが20株を保有し、第三者が合計50株を買いたいとします。「両者の保有割合に応じて売却に参加する」という条件なら、ファンド側が40株、元オーナーが10株を売り、元オーナーには10株が残ります。
この仮例のように比例分を売る契約と、元オーナーの全株を売却対象にできる契約とでは、退出できる範囲が違います。「Tagがある」だけで安心せず、買い手が希望株数を増やさない場合にどう扱うかまで確認します。
ROFRはRight of First Refusal、ROFOはRight of First Offerの略です。名前から手順を決め付けず、最初の通知、価格提示、回答、第三者への売却までを時系列にします。
また、同じ売却に参加しても、異なる種類の株式なら優先分配などによって実際の受取額が変わります。「同時に売れる」「同じ条件」「持分割合どおりの現金が残る」は、それぞれ確認する事項です。
経営への関与と、退任時の株式を読む
| 英語・読み方 | 日本語でいうと | お金・権利への影響と確認点 |
|---|---|---|
| Reserved Matters / リザーブド・マターズ | 特別な同意を要する事項 | 増資、借入、予算、M&Aなどに特定株主等の同意を求める。対象、金額基準、例外、持分低下時の扱いを確認 |
| Good Leaver / グッド・リーバー | 一定の有利な扱いを受ける退任者 | 病気、死亡、合意退任等をどう定義するか。保有できる株数、強制売却、買い取り価格を確認 |
| Bad Leaver / バッド・リーバー | 一定の不利な扱いを受ける退任者 | 契約違反、解任、自主退任等のうち何を含むか。判定者、是正機会、争う手続、値引きの算式を確認 |
| Vesting / ベスティング | 条件を満たすにつれて権利が確定する仕組み | 勤務期間や業績条件、確定の単位、退任時の未確定分、支配権変更時の扱いを確認 |
Reserved Mattersがあると、持分が少数でも一部の意思決定に関与できる場合があります。ただし、すべての経営判断を拒否できるわけではありません。対象の会社が持株会社だけなのか子会社も含むのか、通常業務や緊急調達が例外になっていないかを読みます。
GoodとBadは人格の評価ではなく、契約上の区分です。独立した仮例として、元オーナーが経営に残った後、家庭の事情で退任したくなった場面を考えます。「本人の都合による退任」を不利な買い取り条件の対象にする契約なら、退任理由や例外の定義が受取額に影響します。合意した退任を別扱いにする契約なら、誰の同意が必要かも確認します。
これは特定の国内取引の条項を再現したものではありません。自主退任をどう扱うかは、Good・Badという名前からは決まりません。自分が退任し得る事情を具体的に挙げ、その場合の株式数、買い取り価格、支払時期を契約案に沿って確かめます。
Vestingは、例えば3年間で段階的に権利を確定させる仕組みです。この3年は説明用の仮定で、共通の期間ではありません。権利が確定しても、それだけで株式を自由に売れるとは限りません。買い取り条項や譲渡制限は別に読みます。
売却価格と、後で受け取るお金を区別する
| 英語・読み方 | 日本語でいうと | お金・権利への影響と確認点 |
|---|---|---|
| Enterprise Value / エンタープライズ・バリュー | 事業価値、EV | 株主へ払う代金と同じとは限らない。株式価値への調整を確認 |
| Equity Value / エクイティ・バリュー | 株式価値 | 借金や現金等を調整した株主側の価値。さらに持分、分配順位、費用や税金を確認 |
| Rollover / ロールオーバー | 売却後も一部の投資を継続すること | 再出資先、株式の種類、取得価格、換金条件を確認。呼び名だけで税の繰延べを判断しない |
| Earnout / アーンアウト | 将来の条件達成に応じた追加代金 | 売上・利益等の定義、期間、上限、買い手の経営裁量、計算を争う方法を確認 |
| Escrow / エスクロー | 第三者による代金等の預託・管理 | 自分がすぐ使える現金とは分ける。何の担保か、解除条件、未解決請求、残額の支払いを確認 |
仮に「決済時1億円、業績条件を満たせば追加3000万円」なら、1億3000万円は条件付きの総額です。3000万円の支払いを前提に生活や再投資を組む前に、条件未達ならいくらになるかを確認します。
アーンアウトが所定の業績基準を超えたときだけ支払われる設計なら、基準未達の場合の追加代金はゼロになります。業績への連動は、単に支払いが後日になる分割払いとは違います。
Escrowも「一定期間が過ぎれば全額入る」とは限りません。例えば、補償請求が未解決なら、その分を留保する設計があります。期間の満了日と、残額を受け取れる条件を分けて確認します。
補償額を決める、小さな英語の大きな違い
| 英語・読み方 | 日本語でいうと | お金・権利への影響と確認点 |
|---|---|---|
| Representations and Warranties / レプレゼンテーションズ・アンド・ワランティーズ | 表明保証 | 対象事実、基準日、重要性、認識の限定、開示例外を確認 |
| Indemnity / インデムニティ | 補償 | どの違反・損害を、誰が、いつまで、いくら負担するか |
| Cap / キャップ | 補償額等の上限 | 何に対する上限か。対象外の請求や別上限がないか |
| Basket / バスケット | 補償対象となる損害の合計額の基準 | 基準を超えた部分だけ払うのか、超えると対象額全体を払うのか |
| de minimis / デ・ミニミス | 1件ごと等の少額基準 | 関連する請求を合算するか。除外した損害をBasketに数えるか |
| W&I Insurance / ダブリューアンドアイ・インシュアランス | 表明保証保険 | 保険の対象、免責、上限、期間、通知義務を確認。契約上のすべての責任を消すものとは考えない |
Basketには、基準を超えた部分を対象にするDeductible(ディダクティブル)と、基準を超えると対象損害の最初の部分から扱うTipping Basket(ティッピング・バスケット)などの設計があります。
次は独立した仮例です。少額基準を処理した後の対象損害合計が180万円、Basketが100万円で、ほかの上限や例外はないとします。
| 設計 | この仮例の補償額 |
|---|---|
| Deductible:100万円を超えた部分 | 80万円 |
| Tipping:100万円を超えたら対象損害全体 | 180万円 |
同じ「Basket 100万円」という要約でも、この仮例では受取額が100万円違います。名称や数字だけで合意せず、実際の損害額を入れた計算例を作り、双方が同じ結果を想定しているか確認します。
W&IはWarranty and Indemnityの略で、R&W Insuranceと呼ばれることもあります。保険があっても、売り手の引継ぎ義務や個人保証などまで一律に消えると判断してはいけません。売買契約と保険契約の対象を照合します。責任全体の読み方は第9回で詳しく扱います。
決済に進めるか、やめられるかを決める条件
| 英語・読み方 | 日本語でいうと | お金・権利への影響と確認点 |
|---|---|---|
| CP、Conditions Precedent / シーピー、コンディションズ・プリシーデント | 実行の前提条件 | 許認可・同意等、実行前に満たす条件。誰が充足させ、誰が放棄できるか |
| MAC、Material Adverse Change / マック | 重大な悪影響を及ぼす変化 | 実行条件や解除と結び付く場合がある。何が重大か、例外、対象期間を確認 |
| MAE、Material Adverse Effect / エムエーイー | 重大な悪影響 | MACと関連する表現。名称だけで効果を同一視せず、定義と使われる条項を読む |
| Longstop Date、Outside Date / ロングストップ・デート、アウトサイド・デート | 実行を待つ期限 | 到来で自動終了するのか、解除権が生じるのか。延長条件、解除できない当事者を確認 |
「業績が下がったからMACでやめられる」とは限りません。重大な悪影響の定義、一般的な景気変動などの除外事項、実行条件、解除権を結び付けて読みます。期限が来ても自動で終了するとは限らず、誰が解除を通知できるかも確認します。
交渉の最後には、用語一覧から自分の状況へ戻します。予定どおり売る場合、業績が落ちる場合、自分が退任する場合、次の売却が遅れる場合。それぞれについて、誰が決定でき、何株を、いくらで売り、いつ現金を受け取るのかを書き出します。英語を覚えること以上に、その答えを契約書と計算の両方で確かめることが大切です。
本稿は2026年9月9日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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