調達金額だけでは、資本政策は決まらない
誰に、いつ、いくらで、何%の株式を渡すか。資金調達から採用、次の増資、IPO・M&Aまで、将来の株主構成を考えるのが資本政策です。まず区別したいのは、お金の行き先。新株を発行する増資では会社にお金が入り、創業者が既存株を売れば、その代金は創業者に入ります。会社の成長資金と、株主の現金化は別の話です。
約10年前、上場企業の有価証券届出書から資本政策を逆算し、14社分の表を作成しました。今回は、その中の弁護士ドットコムを取り上げ、当時の公開資料と照合し直します。完成した株主構成から、どの増資で誰が参加し、持分がどう変わったかをたどると、自社の将来を考える練習になります。
最初に、プレマネーとSO枠を押さえる
調達前の株式全体の評価額がプレマネー、調達後がポストマネーです。普通株式の単純な増資という仮例で、プレマネー4億円で1億円を調達すると、ポストマネーは5億円。投資家の持分は1億円÷5億円で20%です。「ポストマネー4億円」なら25%になります。この評価額は会社の預金残高ではありません。
SOは、将来一定の条件で株式を取得できるストックオプションです。別の仮例として、創業者700株とSO予定枠100株分を合わせた800株分を、プレマネー4億円の計算に使うとします。1株50万円なので、1億円の増資で200株を発行。調達後は合計1,000株分で、創業者70%、投資家20%、SO枠10%です。
実際に発行済みなのは900株で、創業者の現在の比率は約77.8%。70%は予定枠まで株式になったと仮定する計画上の数字です。SO10%は推奨水準や一律の制度上限ではなく、この仮例の条件にすぎません。次回も新投資家に調達後20%を渡し、SO枠等を変えなければ、創業者の計画上の持分は70%×80%=56%になります。
弁護士ドットコムの増資を、株数でたどる
同社は2014年12月に上場しました。以下は当時の有価証券届出書と同内容の届出目論見書・訂正事項の「発行済株式総数、資本金等の推移」「第三者割当等の概況」から整理した実数です。会社への入金額は発行に伴う諸費用を引く前で、株数と単価はそれぞれ発行当時の単位です。
| 払込日 | 引受先・株式 | 発行株数 | 1株の発行価格 | 発行価額の総額 |
|---|---|---|---|---|
| 2012-08-02 | DGインキュベーション・A種優先株 | 43株 | 2,333,334円 | 100,333,362円 |
| 2013-02-28 | カカクコム・普通株 | 172株 | 116,666.70円 | 20,066,672円 |
| 2013-06-28 | DGインキュベーション、大前研一氏・普通株 | 243株 | 116,666円 | 28,349,838円 |
| 2013-09-30 | 役員2名・普通株 | 55,900株 | 233円 | 13,024,700円 |
各数値は原資料の表示です。2013年2月の単価×株数と、記載された総額には0.40円の端数差があります。
この表だけを見ると、1株233万円から233円まで、評価額が急落したように見えます。しかし、その間に株数の単位が変わっています。2013年2月には1株に19株を追加する無償割当で保有株数が20倍に、同年9月には1株に499株を追加する無償割当で500倍になりました。最初の1株は計10,000株分です。株数が増えても、この無償割当で会社に新しい資金は入りません。
2012年の2,333,334円を同じ株数単位に直せば約233.33円。2013年2月の116,666.70円も、後の500倍を調整すると約233.33円です。ただし、最初はA種優先株、後は普通株です。株数の単位をそろえても、株式の権利や取引時点は違うため、価格が近いだけで同じ条件・同じ価値と断定できません。
大株主の残高とつながるか、最後に確かめる
DGインキュベーションを追ってみましょう。2012年の優先株43株は、2回の無償割当後に430,000株となります。2013年6月には普通株200株を追加で引き受けており、こちらは後の500倍を反映して100,000株。優先株は2014年8月に1株対1株で普通株へ転換されたので、合わせて530,000株になります。当時の目論見書の株主欄と一致します。
資金調達の直後に、DGが持つ株数の比率は43株÷643株で約6.69%でした。この時の優先株単価を全株へ機械的に当てはめると、調達前約14億円、調達後約15億円という計算になります。ただし、普通株600株にも優先株と同じ単価を置いた試算です。この掛け算だけで、全株式の公正な価値を確定したことにはなりません。
逆算表では、増資で増えた株、無償割当で増えた株、他の株主から取得した株を分けます。株数の合計が最後の大株主欄につながらなければ、失効、譲渡、集計時点などに見落としがあるかもしれません。「合わない差額」を想像で埋めないことが大切です。
IPOで会社に入ったお金と、株主が受け取ったお金
IPOの公募価格は1株1,230円でした。ただし、引受証券会社から会社に支払われる単価は1,131.6円。差額98.4円は引受人の手取金です。通常の公募と既存株の売出しを分けると、次のようになります。会社・売出人の受取額は引受価額に基づく金額で、発行諸費用等を引く前です。
| 2014年12月の取引 | 株数 | 投資家向け価格の総額 | 会社・売出人が受け取る額 |
|---|---|---|---|
| 新株の公募 | 370,000株 | 455,100,000円 | 会社へ418,692,000円 |
| 創業者の既存株売出し | 750,000株 | 922,500,000円 | 売出人へ848,700,000円。会社への入金は0円 |
表の受取額から、さらに発行諸費用や売出人側の税等を考える必要があります。会社の通常公募の手取概算額は、発行諸費用の概算400万円を引いた414,692,000円と開示されています。投資家に販売した新株の総額約4.55億円を、そのまま会社が使えるお金にしてはいけません。
このほか、証券会社が借りた株を追加で売るオーバーアロットメントがあり、それに関連した168,000株の第三者割当増資も2015年1月9日に実行されました。会社への払込額は190,108,800円です。これは上場後の2015年3月期有価証券報告書で確認できます。通常公募との合計入金は608,800,800円、発行済株式は6,693,400株から7,231,400株へ増えました。既存株売却代金をここへ足してはいけません。
過去に作った表では、通常公募と追加割当を同じ列にまとめていました。今回は払込日を分け、当初の予定と実行後の数字も照合します。なお、公募価格1,230円は上場時の普通株の販売価格です。未上場時の優先株価格、SOの行使価格、その後の市場株価は、それぞれ別の数字です。
SOは「昔配った数」のまま足さない
当時の目論見書では、発行済株式6,693,400株に対し、2014年10月末のSOによる潜在株式は293,400株分でした。これを足した6,986,800株分が、目論見書の株主欄の分母です。DGの530,000株は、発行済株式だけなら約7.92%、SOを含めれば約7.59%。同じ持株数でも比率が違います。
SOは過去の発行時点の合計390,500株分から、放棄や退職等による失効97,100株分を除いて、この残高につながります。行使価格233円も、権利を付与した時に会社へ入ったお金ではありません。この例から学ぶべきなのはSOの適正比率ではなく、発行済み、現在残っている権利、将来渡す予定枠を、別々に管理することです。
未上場企業も調べられる。AIには出典付きで表を作らせる
未上場でも、会社の資金調達発表、投資家の発表、登記事項証明書を組み合わせれば、一部の増資や株式数の変化を分析できます。発表された調達総額が増資だけか、借入も含むかも確認します。公表情報だけで全株主の持分が分かるとは限りません。
法務省が説明する登記事項には資本金や発行済株式数、株式の種類などがありますが、登記事項証明書は全株主の氏名・持株数や各回の調達単価を一覧にした資料ではありません。また、資本金の増加額と会社への払込総額も同じではありません。この実例の通常公募でも、会社への払込約4.19億円に対し、資本金の増加は約2.09億円でした。
今なら、最初からExcelの全セルを手で埋めず、公開資料を読み取れるAIに表の下書きと計算式を作ってもらう方法があります。その際は、次の項目を残すよう依頼します。
- 発表日と実行日、相手先、株式の種類、当時の株数・単価・払込額
- 分割や無償割当の倍率、比較用にそろえた株数、SOの発行・行使・失効
- 会社への入金と既存株の売却代金、それぞれの計算式
- 各数値の資料名・URL・ページ、確認済みの事実、仮定、不明点
例えば「この公開資料から、各取引の株数・単価・会社入金額をExcelに整理してください。各数値に出典ページを付け、株式分割等を調整し、不明な値は推測で埋めないでください」と依頼します。
そして、元資料の大株主残高や発行済株式数と突き合わせます。どの時点の表でも、無償割当、追加割当、SO残高を元資料と照合する必要があります。作表は道具に任せても、「誰に、何のために株式を渡すのか」という判断は経営者の仕事です。
他社の比率をまねることが目的ではありません。次の増資までに何を実現するか、そのために必要な人材へどれだけSOを渡すか、IPOやM&Aの時にどんな株主構成を目指すかを、自社の表に置き換えて考えます。評価額が計画に届かない場合も並べ、持分だけでなく株式の権利・契約条件と会社の資金繰りまで確認して、調達条件を決めたいところです。
資本政策の基礎を学ぶ参考文献として、磯崎哲也著『起業のファイナンス 増補改訂版』(日本実業出版社、2015年)を挙げておきます。本記事の実数と計算は同書の事例の引用ではなく、弁護士ドットコムの公開資料を基に再構成したものです。
本稿は2026年9月9日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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