「創業から赤字なので、税務DDで見るものは少ないはず」。資金調達やM&Aの準備で、この考え方は危険です。会計上の赤字と税務上の欠損金は異なり、源泉所得税や消費税は法人税の所得がなくても問題になります。税務DDでは、過去の処理が投資後の資金繰り、欠損金の利用、契約条件にどのようにつながるかを確かめます。
2026年10月31日時点で確認した公表資料に基づく、スタートアップの準備実務の解説です。税務DDは、合意した範囲と提供資料に基づく調査であり、税務上の無欠陥や将来の当局判断を保証するものではありません。
1.赤字でも、確認する税金は残る
損益計算書の当期純損失は、税務申告で使える欠損金残高そのものではありません。例えば役員への支給には、会計上費用であっても損金算入に条件があるものがあります。国税庁「役員に対する給与」の区分に沿って、支給決議、届出、実際の支給を照合します。創業者の個人的費用を会社が負担した場合にも、役員への経済的利益として検討すべきことがあります。
給与や一定の報酬を支払う側の源泉徴収義務は、会社が赤字かどうかとは別です。外注費という勘定科目だけで対象外と判断せず、相手が個人か法人か、何の対価かを確認します。国税庁の報酬・料金の案内を基に対象を絞るのであって、すべての業務委託費に源泉徴収が必要だという意味ではありません。
消費税についても、課税・免税の判定、インボイス登録、売上と仕入れの区分を確かめます。国税庁「国内取引の納税義務者」が示すとおり、法人税の赤字を理由に納税義務がなくなる仕組みではありません。地方税の均等割なども別途確認します。調査対象を法人税申告書だけに限定すると、このような支払義務を拾えません。
2.増資投資家とM&A買主では、同じ資料の読み方が違う
増資では、投資資金が会社に入り、その資金が成長投資に使えるかが重要です。後から納税や是正費用が発生すれば、予定していた採用・開発に使える現金が減ります。投資家は重要な未処理事項、管理体制、次回調達やIPOに向けた改善能力を確認します。少数持分の投資でも、投資額に比べて重大な税務問題があれば詳細な調査が必要になります。
株式取得によるM&Aでは、会社に過去の税務リスクが残ったまま支配が移ります。買主は買収価格や補償に加えて、買収後の組織再編、欠損金の利用、グループ取引の設計まで視野に入れます。事業譲渡なら対象資産や引き受ける債務が異なるため、株式譲渡と同じ調査範囲にはなりません。一般的なDDの全体像はM&Aデューデリジェンスの記事で扱い、ここではスタートアップの税務資料と意思決定のつながりに絞ります。
例:法人が投資し、既存株主が個人の場合
増資
→ 払込金 →
株式M&A
→ 株式代金 →
株式M&Aでは株式が既存株主から買主へ逆向きに移り、買主が株主になります。税務リスクは会社の資金繰りと取引条件の双方に影響します。
3.論点・証拠・取引への影響を一列でつなぐ
資料の大量提出だけでは調査は進みません。申告書と元帳が合わない箇所、契約と請求書の内容が違う取引、過去に処理方針を変えた項目を先に説明すると、追加質問の往復を減らせます。次の表は調査設計の例です。すべての会社に同じ深さの調査を行うわけではありません。
| 論点 | 照合する資料 | 取引への影響 |
|---|---|---|
| 費用の損金性・計上時期 | 元帳、請求書、役員報酬決議、開発契約、固定資産台帳 | 追加税額または欠損金減額。将来の費用計上・資金計画の修正 |
| 源泉所得税 | 給与台帳、外注先別一覧、契約、納付記録 | 未納額、相手への精算可能性、支払管理の改善 |
| 消費税 | 届出・登録、売上明細、仕入証憑、海外サービス契約 | 納税・還付見込みの修正。過去の課税区分の是正 |
| 繰越欠損金 | 発生年度別申告書、別表、提出記録、過去の株主異動 | 将来税負担、企業価値評価、買収後再編の前提 |
| ストックオプション | 付与契約、決議、株価算定、行使・保管の記録 | 適格性、行使時課税・源泉、買収時処理の確認 |
| 株式・資本取引 | 株主名簿、増資・J-KISS契約、転換計算、登記 | 価格の説明、転換後の資本額、税制区分の再判定 |
| 海外・関係者取引 | 契約、相手の所在地、役務提供地、使用権、価格根拠 | 源泉税・条約手続、移転価格等の追加検討 |
海外送金は、外国宛てという理由だけで一律に源泉徴収するものでも、海外だから日本の課税がないものでもありません。国内源泉所得の種類と非居住者等の課税を確認し、使用料等に該当するなら、租税条約の届出手続も照合します。例えばソフトウェア契約は、単に利用しているのか、複製・再許諾等の権利も得ているのかで確認すべき内容が違います。
SOも「税制適格」と表紙に書かれているだけでは足りません。契約時の要件と、実際の行使・管理の要件を分けます。国税庁のストックオプション税制の説明を照合の入口にし、付与時の法令と改正の適用時期を確認します。現在の緩和された要件を、過去の付与へ一律にさかのぼらせないことも大切です。
4.欠損金は「残高×税率」で現金同様に評価しない
繰越欠損金については、発生年度、繰越期限、申告の継続、帳簿保存、控除限度を確かめます。国税庁の欠損金繰越控除によれば、2018年4月1日以後開始の事業年度に生じた欠損金の繰越期間は原則10年ですが、使うための条件があります。株主変更や買収後の再編では利用制限の有無も個別に検討します。株主が変わっただけで必ず全額消える、とも、会社が同じなら必ず使える、とも説明できません。
仮定例:追加納税がなくても残高は減る
当期の税務上の欠損金を800万円として申告予定だった会社で、損金にできない費用300万円が見つかったと仮定します。他の調整はないものとします。
税務上の損益:▲800万円+300万円=▲500万円
欠損金の減少:800万円-500万円=300万円
検算:500万円+300万円=800万円
この調整だけでは当期所得はプラスになりません。しかし将来使える可能性のある欠損金は300万円少なくなります。将来の節税額は、その時の所得、税率、控除制限、期限により変わり、ここでは計算していません。
会社の事業計画が黒字化を遅らせる場合、欠損金を期限内に使い切れない可能性があります。税務DDで残高を確認する作業と、将来利益を前提に価値を見積もる作業は分けて、財務モデルにつなぎます。申告書の別表だけでなく、欠損金発生年度の資料を保存しているかも確認します。国税庁の帳簿書類保存期間の案内には、欠損金のある年度に関する取扱いが示されています。
5.指摘事項を「税額・期限・対応者」に落とす
報告書には、確認済みの事実、未入手資料、税務上の評価、金額の試算前提を分けて記載します。「証憑がない」ことと「必ず否認される」ことは同じではありません。一方、金額を確定できない項目をゼロ扱いにもせず、追加で必要な情報と、どの判断が保留になるかを明示します。
例えば源泉税の未納が疑われるなら、対象支払と期間を確定し、本税・付随負担の見込み、修正や納付の手続、支払先との精算を分けて検討します。契約交渉では、その結果をクロージング前の是正、補償、価格や資金計画への反映などの候補へつなぎます。ただし「指摘額=必ず同額の値引き」という関係ではなく、取引の構造や当事者の合意によります。
準備を始めるときは、税務申告一式と提出記録、元帳、主要契約、資本政策の履歴を集め、問題を把握しているものには短い説明メモを付けます。その後に重要度に応じた追加資料を求める順序なら、少人数の管理部門でも対応しやすくなります。資本の変動に関する調査は、外形標準課税と減資の論点にもつながります。
顧問税理士が申告していれば、DDは不要ですか。
申告業務と、取引の条件・買収後の計画を前提にした調査では目的が異なります。顧問税理士の説明や保存資料は重要な出発点ですが、将来の組織再編や投資判断のために追加確認が必要な場合があります。
何年分の資料を出せば十分ですか。
一律には決まりません。対象税目、重要性、過去の調査、欠損金発生年度、資本取引の履歴から調査範囲を決めます。直近数年を入口にしても、欠損金やSOの根拠が古い年度にある場合はさかのぼる必要があります。
問題が見つかったら、資金調達を止めるべきですか。
問題の性質と金額、是正の可能性、投資契約の条件によります。まず事実と影響を確かめ、対応期限と担当を決めます。説明可能な是正計画を用意することが、取引を進める判断材料になります。
資金調達・M&Aを控え、税務資料と論点を先に整理したい場合は、国内税務のご相談をご利用ください。
本稿は2026年10月31日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。

