スタートアップの税務

スタートアップの赤字は、将来どこまで使える?――繰越欠損金と黒字化の税務

先行投資で赤字が続いても、その赤字が将来の法人税負担を軽くすることがあります。ただし、「累積赤字があるから、黒字化しても税金は出ない」と予算を組むのは危険です。使える金額は税務申告で確定し、期限、会社の区分、資本政策によって利用の速度が変わります。創業者が押さえたいのは、赤字の総額よりも「どの期に、いくら使えるか」です。

1.決算書の赤字と、使える欠損金は違う

損益計算書の赤字は会計上の損失です。一方、法人税の欠損金は、税務上の益金と損金を計算した結果です。会計で費用にしたものでも税務ではその期の損金にならないことがあり、二つの数字は一致するとは限りません。例えば、ソフトウェアの開発支出を会計では費用処理していても、税務上は資産計上と減価償却が必要になる場合があります。まず税務調整を終えた数字を確認します。

会計の損失
税務調整
当期の税務上の欠損金
年度別の残高・期限を管理

説明用に、会計上の損失が2,000万円、当期に損金にできない費用が600万円、ほかに調整がない会社を考えます。税務上の欠損金は1,400万円です。資金繰り表に2,000万円をそのまま入力すると、将来利用できる額を600万円多く見積もることになります。

会計上の損失 △2,000万円 + 損金不算入600万円 = 税務上の欠損金 △1,400万円

また、欠損金は銀行預金のように換金できる残高ではありません。将来の所得と相殺して初めて、納税額を減らす効果が出ます。繰越欠損金1,400万円を「1,400万円の税金が戻る権利」と表現するのは誤りです。事業計画では、売上、利益、課税所得、納税額、現預金残高を別々の行にしておくと、この混同を防げます。

2.「10年」は、申告と保存があってこそ使える

青色欠損金の繰越期間は、2018年4月1日以後開始の事業年度に生じたものでは10年、それより前の開始分は9年です。欠損が生じた期の青色申告と、その後の連続した確定申告等が前提となり、古い年度のものから使用します。単に登記後10年という意味ではありません。国税庁「欠損金の繰越控除」

創業時に最も避けたいのは、「売上がないから申告は後でよい」と考えることです。設立第1期から青色申告を選ぶ申請期限は、原則として設立の日以後3か月を経過した日と第1期末のうち、早い日の前日です。期末が近い設立では、3か月あるとは限りません。国税庁「新設法人の届出書類」

税務申告書だけを保存すればよいわけでもありません。対象となる欠損年度の帳簿書類は、原則10年間の保存が必要です(2018年4月1日前開始分は9年間)。国税庁「帳簿書類等の保存期間」会計ソフトの乗換えや担当者の交代時には、過年度の総勘定元帳、請求書、契約書と申告データをまとめて引き継ぎます。システムの契約終了後に閲覧できない状態は避けたいところです。

3.同じ欠損金でも、黒字を全額消せるとは限らない

中小法人等は原則として控除前所得の全額まで、それ以外は原則50%までが年間の控除限度となります。欠損金残高が十分でも、50%制限があれば課税所得が残ります。財務省「欠損金繰越控除制度の概要」

仮定する会社 控除前所得 使う欠損金 控除後所得 残る欠損金
全額控除が適用 3,000万円 3,000万円 0円 2,000万円
50%制限が適用 3,000万円 1,500万円 1,500万円 3,500万円

期首の利用可能な繰越欠損金は5,000万円、期限切れやその他の調整はない仮定です。税率を掛ける前の課税所得を比較しており、税額の比較表ではありません。

一般的な株式会社では資本金1億円以下が中小法人等の判定の出発点ですが、それだけでは決まりません。一定の大法人による完全支配関係がある場合等は、中小企業向け特例の対象から外れます。国税庁「一定の大法人等の100%子法人等」「VCが株主に入ったから自動的に50%」という判定もできません。出資者の法的形態、直接・間接の保有関係、増資後の資本金などを確認する必要があります。

中小法人等に該当しない会社にも、新設法人の一定の事業年度には全額控除の特例があります。設立後7年を経過する日までの期間内の日が属する事業年度が対象ですが、一定の100%子法人等は除かれ、上場等の日以後に終了する事業年度も対象外になります。国税庁・新設法人の適用表したがって「増資で1億円を超えた瞬間に必ず半分しか使えない」とも、「設立7年以内なら上場後も全額使える」ともいえません。

4.黒字化・増資・上場の予定を、一枚の表に重ねる

実務では、年度ごとの欠損金残高に、黒字化の見込みと資本政策の予定を重ねます。管理表には、発生年度、当初額、既使用額、残額、最終利用可能年度を置き、次に各年度の控除前所得と適用限度を入れます。決算期の変更や短い事業年度がある会社は、「あと何期」と数えるだけで期限を判断しないことが大切です。

例えば上記の50%制限の会社が翌期も3,000万円の所得なら、翌期の利用額も原則1,500万円です。残高3,500万円を翌年に一気に消せるとは限りません。黒字化が遅れるケース、IPOが早まるケース、増資額が増えるケースを別々に試算すれば、「欠損金はあるのに納税資金が足りない」という事態を早く見つけられます。

資本金の設計は、欠損金だけで結論を出せません。資本金を減らせばすべての税務上の扱いが元に戻るというものでもなく、外形標準課税などは別の判定が必要です。関連する論点は減資と外形標準課税の記事も参照してください。税負担のためだけに事業上合理的な資金調達を遅らせず、各案の手元資金への影響を比較するのがよいでしょう。

5.「税金ゼロ」を前提にせず、使える条件を守る

取締役会や投資家への説明では、「累積欠損○円」より「今後3年間の控除予定額と納税見込み」を示すほうが意思決定に役立ちます。経理担当には、申告書別表七(一)の残高と計画上の残高が一致しているか、税理士には区分変更の年度を確認してもらいます。年度別管理と証憑保存は、黒字になってから慌てて作るより、赤字の時期から続ける方が確実です。

なお、ここで扱ったのは通常の事業継続を前提とする繰越控除です。買収・組織再編では欠損金の利用に別の制限が問題となります。欠損金のある会社を買えば自由に節税できるわけではありません。別稿の買収した会社の欠損金をご覧ください。個別の資本政策と納税予測をまとめて検討する場合は、国内税務のご相談で整理できます。

赤字の年は、法人税申告を省略できますか?

欠損金を将来使うためにも申告の継続が重要です。売上や納付額がないという理由で放置せず、青色申告の状況、申告期限、保存資料を確認してください。

繰越欠損金が十分あれば、会社の税金はすべてなくなりますか?

この制度は法人税の所得計算の話です。消費税や法人住民税の均等割などを含めた「すべての税金がゼロ」とは判断できません。資金繰り上は税目ごとに見積もります。

欠損金が多い会社ほど、企業価値も高いのですか?

残高だけでは評価できません。利用可能性、将来所得、利用時期、制限を踏まえて検討する必要があります。事業が利益を生まなければ繰越控除の効果は実現しません。

制度・資料は2026年10月31日時点で確認。数値例は説明用の仮定です。

本稿は2026年10月31日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。

記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。

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