M&Aの基礎知識

M&A「仲介方式」は利益相反か?

売り手は、できるだけ高い価格で、売却後の責任を限定したい。買い手は、価格を抑え、問題が見つかったときの補償を確保したい。会社を引き継ぐという目的が一致していても、条件を決める段階では利害がぶつかります。

その双方から依頼を受け、双方から報酬を受け取るのが、M&A仲介の典型的な形です。「同じ人が、両方の味方になれるのか」という疑問を持つのは自然です。

仲介には、利益相反の構造があります。ただし、そのことと、仲介方式が直ちに違法であることは別です。 日本の中小M&Aガイドラインも、この問題を認識し、説明や禁止行為などの規律を設けています。

では、なぜ禁止せずに認めているのでしょうか。日本だけの慣行なのでしょうか。M&Aと不動産を分けて、国際比較から考えてみます。

「誰から報酬を受けるか」と「誰のために働くか」は別の問い

最初に、3つの関係を分けます。

確認する関係 問い 注意したいこと
報酬 誰が、誰に、いくら払うのか 同じ会社が双方から受領する場合と、別々の会社が報酬を分ける場合は違う
支援・代理 誰の利益のために、どこまで働くのか 双方の取引を調整する役割と、一方のために条件を交渉する役割は違う
成功報酬 何が起きたら報酬を受け取れるのか 一方だけを支援するFAでも、成約を優先したくなる利害は残り得る

「両手」という言葉だけでは、同じ担当者なのか、同じ会社の別担当者なのか、別会社同士の報酬分配なのかも曖昧です。海外のdual agencyという言葉も、日本の仲介契約と法的な役割が完全に一致するとは限りません。

ここを揃えずに「海外は片手、日本は両手」と比べると、違う仕組みを同じものとして扱ってしまいます。

利益相反は、値段の交渉で見える

実在の案件ではない仮例を考えます。売り手は3億円を希望し、買い手は2億5,000万円を提示しています。売り手は仲介担当者に「実は2億6,000万円でも売却したい」と伝え、買い手は同じ担当者に「2億9,000万円までは出せる」と伝えたとします。

双方の本音を知る担当者は、どの価格へ誘導するべきでしょうか。売り手のために2億9,000万円を目指すことと、買い手のために2億6,000万円を目指すことは、同時には実現できません。

売り手の立場

価格を高くしたい

補償の範囲を限定したい

保証や経営責任から離れたい

買い手の立場

価格を抑えたい

問題があれば補償してほしい

元オーナーにも引継ぎへ関与してほしい

取引をまとめる調整役は存在し得ます。しかし、その役割を「あなたの条件を最大限有利にする専属の交渉役」と同じだと受け取ると、期待が食い違います。

さらに、依頼者同士の利益相反に加え、仲介者自身の利益との衝突もあります。売り手にとっては見送る方がよい取引でも、仲介者には成功報酬を得たい動機があり得ます。継続的に買収する買い手を優遇したくなる問題も、これとは別に考える必要があります。

日本は、問題がないとして放置しているわけではない

中小M&Aガイドライン第3版の改訂発表は、仲介者による追加手数料の支払者やリピーターの優遇、当事者の希望に反したマッチングや譲渡額の誘導などを、禁止事項として具体化しています。これらを仲介契約上の義務とすることも示しています。経済産業省・第3版の改訂発表

つまり、制度の形としては、仲介の存在を前提に、利益相反を説明し、不適切な行動を制限する方向です。仲介という名称さえ使えば、双方の秘密を自由に使ったり、一方を不当に優遇したりできるという意味ではありません。

一方、「なぜ仲介を全面禁止しないのか」という問いに、今回確認した公式資料だけから、唯一の立法理由を示すことはできません。ガイドラインは、仲介方式を新たに許可する法律ではないからです。

実務上、一つの窓口で相手探しや日程調整を進めることには、連絡や手続をまとめられる利点があると考えられます。ただし、これは仕組みからの考察です。「仲介の方が必ず安い」「小規模案件では双方別々のFAが成り立たない」とまで、比較データなしに断定することはできません。

制度が想定する仲介の役割と、特定の依頼者にとって最適な支援方式は、分けて判断すべきです。

M&Aの国際比較――米国にも双方関与を想定した条文がある

米国の連邦証券法には、一定の非公開会社の支配権移転等を扱うM&A brokerについて、ブローカー登録の免除を定める制度があります。その条件の中に、売り手・買い手の双方を代表する場合の規定があります。

明確な書面開示と双方の書面同意がなければ、その登録免除を利用できないという内容です。双方への関与を、一律に存在し得ないものとしているわけではありません。米国法15 USC 78o(b)(13)

ただし、これは対象となるM&A brokerの登録免除の条件です。双方からの報酬受領をあらゆる取引で包括的に認める条文でも、双方を代表する方式が米国で一般的だという統計でもありません。他の免除条件や州法等も別に確認する必要があります。

国・枠組み 確認できるルール この資料だけでは言えないこと
日本・中小M&Aガイドライン 仲介を想定し、利益相反の説明や禁止行為を具体化 仲介なら問題がない、政府が個別取引を保証する
米国・連邦法上のM&A broker登録免除 双方代表について書面開示・双方の書面同意を条件に含む 全米の全取引で両手報酬が自由、仲介の普及率は日本と同じ
英国・FCA規則の適用対象業務 利益相反の特定・防止または管理を求め、開示だけに頼らない 英国の全M&Aが同じ規制対象、双方関与がすべて禁止

英国のFCAの利益相反規則は、対象業務におけるM&A助言にも言及し、利益相反を特定し、防止または管理する枠組みを求めています。開示は、その管理を置き換える安易な手段ではなく、十分に防げない場合の最終手段として位置付けられています。適用は事業者や業務によるため、英国の全M&A業者を一括して説明するものではありません。FCA Handbook・SYSC 10

比較から確認できるのは、「日本だけが利益相反を伴う関与を認めている」とは言えないことです。ただし、日本の両手報酬の普及度が突出しているかどうかは、同じ定義で集計した各国のデータがなければ判断できません。制度と文化を同一視しないことが大切です。

不動産はどうか――国だけでなく、米国内でも違う

日本の不動産仲介では、双方からの報酬受領が想定されています。ただし、受領額には法令に基づく上限等があります。例えば賃貸借では、国土交通省が、依頼者双方から受け取る報酬の合計上限を案内しています。国土交通省・消費者向け案内

海外の制度も、一様ではありません。

地域・対象 双方への関与の扱い 比較上の注意
米国カリフォルニア州・不動産 双方代理を想定し、双方への書面開示と双方の同意を要求 報酬の出所だけで代理関係が決まるわけではない
米国フロリダ州・不動産 双方に忠実義務を負うdual agentは禁止。一方、限定的な役割のtransaction brokerは双方に関与できる 「双方代理禁止」を「同じ業者は双方に一切関われない」と読まない
シンガポール・不動産担当者 同一取引で双方を代表し、双方から報酬を受けることを禁止 同じ担当者の規律。M&A全般や同じ会社の別担当者にそのまま広げない
英国・商業投資不動産のRICS対象業務 RICS会員・規制対象会社に適用される専門職基準でdual agencyを禁止 英国の全不動産取引を禁じる法律という意味ではない

出典:カリフォルニア州DREの案内、カリフォルニア州民法2079.16、フロリダ州法475.278、シンガポールCEAの消費者向け案内、RICSの英国商業投資不動産向け基準。

シンガポールの制度は、「同じ人が、売り手と買い手の双方の利益を十分に守れるのか」という疑問に、担当者の分離で対応するものです。他方、カリフォルニア州には開示を伴う双方代理があり、フロリダ州には役割を限定する仕組みがあります。禁止、同意、役割の限定という、異なる設計が存在します。

こうした不動産のルールを、そのままM&Aの規制だと読み替えることはできません。ただ、利益相反をどう扱うかを考える材料にはなります。

同意書に署名しても、利害の衝突は消えない

「利益相反について説明を受けた」という署名があっても、売り手は高く売りたい、買い手は安く買いたいという関係は変わりません。説明は必要ですが、それだけで不利な誘導や秘密の利用を防げるとは限りません。

当社は、形式的な同意の取得に加え、誰が自分の立場から条件を検証するのかを確保することが重要だと考えます。判断の理由は、価格、補償、保証解除などについて、双方に同じ結論が有利になるとは限らないためです。

仲介を利用するとしても、税引後の手取りは税務の専門家に、補償や保証の条件は自分側の弁護士等に検証してもらう方法があります。必要な検証を外部へ依頼できるか、契約前に確かめてください。

政策としても、報酬額の開示だけでなく、支援する役割、優遇につながる報酬や継続取引の関係、独立した検証の機会を、依頼者が比較できる形で示すことが必要だと考えます。仲介方式を利用するという選択と、自分のための助言を受ける機会を失うことは、同じであってはなりません。

「仲介だから安心か」ではなく、「仲介ができることと、あなた自身で別に確かめるべきことは何か」。 その線引きを理解して支援者を選ぶことが、会社を託す判断の出発点です。

本稿は2026年9月9日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。

記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。

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