スタートアップの基礎知識

儲かる会社と、買いたい会社は同じか

利益が出ている会社なら、高く売れるのでしょうか。利益はもちろん重要です。ただ、買い手が引き継ぐのは「過去に出た利益」ではありません。買った後に、収益や事業上の価値を生む仕組みです。

同じ利益でも、中身を分けてみる

説明のため、年間の税引前利益がともに2,000万円のA社とB社を考えます。実在の会社の比較ではありません。

確認すること A社 B社
営業 社長個人の人脈に依存 複数の社員が顧客を担当
契約 重要条件が口約束 条件と更新時期を確認できる
利益の中身 一時的な収入が大きい 継続取引から生まれている
引継ぎ 社長が離れると業務が止まる 社員と記録で業務を引き継げる

この表だけでB社の売却価格が高いと断定はできません。A社に独自技術があるかもしれないし、B社の市場が縮小しているかもしれない。ただ、買い手が確認すべきリスクには違いがあります。

利益を、そのまま将来に延ばさない

創業者が低い役員報酬で長時間働いている場合、その利益を維持するためには、後任の経営者や追加の社員が必要かもしれません。過去の利益から、その人件費を見込まずに将来を考えると、収益力を見誤ります。

逆に、今期の損益に一度限りの移転費用が含まれているなら、翌期も同じ費用が続くとは限りません。何が続き、何が一度限りかを分ける。これが、数字を買い手に説明する出発点です。

M&Aの買収調査は、デューデリジェンスと呼ばれます。財務や税務、法務などを調べ、価格や契約条件を検討するためのものです。手順の基礎は中小企業庁「中小M&Aガイドライン」でも確認できます。

買い手が変われば、価値も変わる

例えば、顧客を獲得するのが苦手な製品会社が、販売網を持つ企業と組む。売上を増やせる可能性はありますが、営業担当者の教育、システムの接続、顧客対応にも費用がかかります。売上の増加見込みから、それを実現する費用と時間を差し引いて考える必要があります。

経済産業省の事業連携に関する資料でも、知的財産をめぐる偏った契約などが課題として挙げられています。自社が何を保有し、何を他社の許可に頼っているかは、利益とは別に確認したい点です。

社長の働き方を、利益の計算に戻す

もう少し具体的に、先ほどのA社を考えます。年間の税引前利益2,000万円には、創業者への年間報酬300万円が費用として含まれているとします。創業者が退任し、同じ仕事をする後任に年間1,000万円が必要なら、他の条件が変わらない場合の税引前利益は、差額700万円を引いた1,300万円です。金額は説明用の仮定です。

これは税務申告の利益を勝手に直す話ではありません。買収後の運営を想定した試算です。後任一人で足りるのか、複数人が必要か、創業者が一定期間残るかによって変わります。過去の決算書と、このような将来の試算を分けて提示すると、価格交渉の前提を話しやすくなります。

売上の集中は、割合と契約の両方を見る

一社の顧客が売上の半分を占める場合も、その割合だけで結論は出せません。短期の発注を毎回競争して得ているのか、継続利用の契約があるのか。解約条件は何か。相手が取引を続ける理由は、社長との個人的な関係なのか、製品の性能なのかを確認します。

長期契約であっても、契約の途中で解約できる条項や価格の見直しがあれば、その影響を考える必要があります。売上の大きい顧客から順に、契約書、直近の取引実績、担当者、更新予定を一組にする。これなら、比率の表だけでは分からない事業の継続性を説明できます。

準備する資料は、立派な会社紹介だけではありません。月次の損益と元の帳簿がつながること、主要契約を探せること、製品の権利を確認できることが土台になります。説明できない項目を隠して見栄えを整えるより、何が未整理で、いつまでに直すかを明らかにする方が、確認作業を進めやすくなります。

決算書の純資産も、そのまま信じてよいとは限らない

利益という「1年間の成果」と、貸借対照表にある「その時点の資産・負債」は、両方を見る必要があります。売上を計上して利益が出ていても、その代金を回収できないなら、帳簿の数字だけでは会社の実態を捉えられません。

下の図は、柳澤賢仁著『これで安心!M&Aを成功させる10のチェックポイント』の「財務デューデリジェンスのイメージ」です。左は調査前、右は調査で資産の含み損や帳簿に出ていない負債が分かった場合を表しています。

財務DD前後のB/S。資産の含み損と簿外負債の発見によって純資産が減少する図
柳澤賢仁『これで安心!M&Aを成功させる10のチェックポイント』p.19の図を抜粋。

例えば、帳簿上の資産が1億円、負債が4,000万円なら、差額の純資産は6,000万円です。調査の結果、資産のうち2,000万円は回収や換金が見込めず、別に1,000万円の未計上債務が見つかったとします。税効果などを省いた仮例では、調整後の資産8,000万円から負債5,000万円を引き、純資産は3,000万円になります。

含み損には、回収が難しい売掛金や売れない在庫などが考えられます。簿外負債は、帳簿に載っていなかった支払義務です。どの項目をいくら調整するかは、契約や回収可能性などの証拠を確認して判断します。調査すれば必ずこのような問題が見つかるという図ではありません。

調整後の純資産3,000万円が、そのまま株式の売却価格になるわけでもありません。将来の収益力、買い手との組合せ、契約条件も価格に関係します。また、同じ問題を将来利益の試算と価格調整の両方へ重複して織り込まないよう、どこに反映したかを整理します。

小冊子では「情報を隠さない」こともチェックポイントに挙げています。問題を後から発見されるより、把握している課題と対応を説明できる方が、交渉の前提をそろえやすい。売却準備は、良い数字を並べるだけでなく、数字の弱いところも説明できるようにする作業です。

買い手を想像して、会社に価値を残す

ここから導かれる私の提案は、買い手候補の名前を並べる前に、「自分が辞めても会社に何が残るか」を書き出すことです。顧客との契約、製品の権利、社員の能力、業務手順、蓄積したデータ。その中で、売上や利益を支えるものは何でしょうか。

そして、それぞれが会社に帰属し、引き継げるかを確かめる。帳簿に資産として載っていなくても、事業上の価値を持つものはあります。反対に、創業者の頭の中にしかないものは、引継ぎの準備が必要です。

毎年の利益を増やす経営と、他人が引き継げる会社を作る経営を、同時に進める。売却を急いでいなくても、この視点は会社の弱点を見つける役に立ちます。

本稿は2026年9月9日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。

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