2017年9月2日、私はスイスのツークを訪れました。
イーサリアム財団の所在地が気になり、その近くまで行ってみたのです。ただ、誰かと面会したわけではありません。現地では「バーチャルオフィスのようなところなのかな」という印象を受け、そのまま帰ってきました。実際にそうだったと確認したわけではなく、あくまで当時の私の印象です。

イーサリアムには財団があります。では、ビットコインは誰が運営しているのでしょうか。
この疑問は、その後も頭に残っていました。2018年の藤本真衣さんとの対談でも、ビットコインには発行体・管理主体が見当たらない一方、ICOには資金を集める主体がある、という違いについて話しています。
以前、自分でもGitHubを開いて調べたことがあります。「Bitcoin」と「Bitcoin Core」という二つの場所に開発者が集まり、一部には同じ人の名前もありました。
しかし、私はエンジニアではありません。この人たちは何をしているのか。誰が報酬を払っているのか。そして、この人たちがビットコインのルールを変更できるのであれば、結局は管理者がいるということではないのか。
今回は、この疑問をAIと一緒に、コードや当時の記録までたどって調べてみました。
未採掘のビットコインは、どこにあるのか
最初に気になったのは、秘密鍵です。
ビットコインは「採掘する」と説明されます。そのため、まだ掘られていないビットコインが、どこかに埋蔵されているようにも感じます。
私は、その未採掘分が、ビットコインを動かすスマートコントラクトのようなものの中に保管されていて、誰かがその管理用の秘密鍵を持っているのではないか、と考えていました。
もしそうなら、その人が勝手に取り出したり、発行量を変えたりできてしまうのではないでしょうか。
調べて分かったのは、まず、そのような金庫は存在しないということでした。
未採掘のビットコインは、どこかのアドレスに保管されているわけではありません。新しいブロックが作られる際に、ルールに従って新規発行されます。
マイナーは、報酬の受取先を記した「コインベース取引」という特別な取引をブロックに入れます。これは、誰かが保有するビットコインを取り崩して送金する取引とは異なります。
ただし、好きな金額を書けば受け取れるわけではありません。PoWの条件を満たす必要があり、報酬額を含むブロックの正当性を、フルノードがそれぞれ検証します。認められた新規発行額と取引手数料の合計を超える報酬を記載すれば、そのブロックは拒否されます。発行と検証の仕組み
つまり、発行を承認する「偉い人の秘密鍵」があるのではなく、共通のルールを各参加者が検証しているのです。
もちろん、自分のビットコインを送るための秘密鍵はあります。しかし、それはビットコイン全体を操作する鍵ではありません。
最初のプログラムを書いたのも、サトシだった
ビットコインの論文を書いたのは、サトシ・ナカモトです。では、最初に動くプログラムを作ったのは誰なのでしょうか。
公開記録上、それもサトシでした。
さらに興味深かったのは、論文より先にコードを書いていたことです。2008年11月のメールで、サトシは、問題を解決できることを確かめるために先にコードを書き、その後で論文を書いたという趣旨の説明をしています。サトシ本人のメール
2009年1月には、最初のソフトウェアをソースコードとともに公開しました。公開時の告知
初期の協力者として知られるハル・フィニーは、そのソフトウェアを動かし、不具合を報告したと回想しています。報告を受けて修正していたのはサトシだった、という記録です。ハル・フィニーの回想
ハルは2014年に亡くなっています。サトシの正体についてはさまざまな説がありますが、この記事で追いたいのは人物当てではありません。
作った人が誰であっても、その人に特別な支配権が残る仕組みなのか。それが私の関心です。
なお、昔のビットコインには「Alert Key」という警告用の秘密鍵がありました。ただし、自由な発行や他人の資金の移転を可能にする鍵ではありません。この警告の仕組みは、中央集権的な要素や安全上の問題から廃止されています。Alert Keyの廃止について
GitHubに集まっている人たちは、何者なのか
GitHubは、プログラムを共同で開発するための作業場です。
そこにある「Organization」という区分は、会社や法人であることを意味しません。関連するコードや作業をまとめる場所です。
私が見ていた二つの場所には、おおむね次のようなものが置かれています。
| GitHub上の名前 | 主な内容 |
|---|---|
| bitcoin | Bitcoin Core本体のコード、改善提案であるBIP |
| bitcoin-core | 暗号処理の部品、操作画面、関連する開発ツールなど |
Bitcoin Coreは、取引やブロックを検証するソフトウェアで、サトシが公開した最初のソフトウェアの系譜にあります。
開発者たちは、不具合を直し、処理を改善し、新しい機能を検討します。別の開発者が変更を点検し、テストします。そして、メンテナーと呼ばれる取りまとめ役が、レビューを踏まえてコードに変更を取り込みます。Bitcoin Coreの説明
ここには人間の判断があります。何でも自動で進んでいるわけではありません。
ただし、配布するソフトウェアを変更することと、世界中の参加者が使っているソフトウェアを変更することは別です。メンテナーが変更を承認しても、それだけで全ノードが新しいルールに切り替わるわけではありません。
開発手順書にも、Coreプロジェクトのコード変更と、ネットワーク全体の合意ルールの変更は区別すると明記されています。開発手順書
だからといって、開発者に影響力がないとは思いません。多くの人が使うソフトウェアを作り、専門的な議論を主導する立場には、大きな力があります。
それでも、全体を操作できる管理者と、広く使われるソフトウェアの開発者は、同じではないのです。
採掘報酬をもらわない開発者は、どう生活しているのか
私にとって、ここがもう一つの大きな疑問でした。
マイナーには採掘報酬があります。しかし、コードを直しているだけの開発者に、ビットコインの仕組みから報酬が自動的に支払われるわけではありません。
全員が無報酬のボランティアなのでしょうか。
答えは、そうではありませんでした。
例えば、Brinkという米国の非営利団体があります。企業や個人から支援を集め、開発者への助成や育成を行っています。日本の制度と同一ではありませんが、イメージとしてはNPOに近い組織です。
Brinkの公式サイトには、支援する開発者の名前と仕事内容が掲載されています。助成金によって開発に専念する人もいれば、給与を受ける育成プログラムの参加者もいます。Brinkの支援プログラム
2025年の報告では、開発者の給与・助成金への支出は約175万ドルでした。Brinkの年次報告
では、支援する側は何を得るのでしょうか。
ビットコインETFを提供するVanEckは、ETFの利益の5%を少なくとも10年間Brinkに寄付する方針を発表しています。VanEckの発表
ビットコインを基盤に事業が成立し、その利益の一部を開発へ還元する。開発者は保守や安全性の検証を続け、その成果を利用者や事業者が共通に利用できる。
ここには、資金が循環するエコシステムがあります。
無償で貢献する人もいるでしょう。技術が好きな人、ビットコインの理念に共感する人、仕事として取り組む人もいるはずです。すべての人が同じ動機で参加する必要はありません。
ただ、善意だけに頼らず、開発を続ける生活基盤を支える仕組みが育っている。この点は、今回調べて強く印象に残りました。
もちろん、資金提供者の影響がなくなるわけではありません。誰に資金が集まるかによって、研究や開発の方向に偏りが生じる可能性はあります。支援が続くことも、自動的に保証されてはいません。
それでも、一つの会社が全員を雇い、全体を所有する形とは違う維持の仕組みが成立しています。
イーサリアム財団は、何をしているのか
ここで、ツークで気になったイーサリアム財団の話に戻ります。
Ethereum Foundationも、研究や開発、安全性の検証、開発チームへの資金提供を行っています。PoWからPoSへ移行したThe Mergeに向けても、財団は重要な支援者でした。ただし、財団だけでなく、外部の企業やプロジェクトからの支援もありました。開発チームへの支援
以前調べた理事には、ヴィタリック・ブテリン、宮口あやさん、Patrick Storchenegger氏がいました。Patrick氏はスイスの弁護士で、事務所のプロフィールには国内・国際税務が専門分野として挙げられています。税務を仕事にする私には、興味を引かれる接点です。Patrick氏のプロフィール
ただし、この理事構成と、私がツークに行った2017年の出来事を、そのまま結びつけることはできません。私が誰かに会ったという話でもありません。
開発資金の成り立ちには、ビットコインとの違いがあります。
Ethereumは2014年にETHの販売を行い、その時点で、購入者向けとは別に初期貢献者や財団向けの割り当ても公表していました。財団向けには、販売量の9.9%相当を長期的な支援のために確保する設計でした。当時の販売公告
立ち上げ時に開発を支える資産を用意したわけです。
一方、ビットコインには、同じような販売と財団向けの初期配分がありませんでした。後から、利用者や事業者などが開発を支える仕組みが育ってきました。
私は、この成り立ちにビットコインらしい美しさを感じます。
私は投票していないのに、なぜPoSへ移行できたのか
ただし、財団の存在だけで、イーサリアムはDAOではないと考えているわけではありません。
私が気になったのは、意思決定の仕組みです。
The Mergeは、ETH保有者全員による「一人一票」や「1ETHにつき1票」の投票で決まったものではありません。研究者や開発者が仕様を詰め、複数のチームがソフトウェアを実装し、運営者などが採用することで実現しました。
当時の公式案内も、通常のETH保有者には何もする必要がないと説明しています。The Mergeの案内
つまり、PoSでブロックを承認する仕組みと、PoSへの移行そのものを決める仕組みは別なのです。
財団が秘密鍵一本で全体を切り替えたわけではありません。開発者にも、他者に更新を強制する権限はありません。しかし、財団や中核開発者が方向を示し、移行を調整する影響力はあります。Ethereumのガバナンス
保有者である私から見ると、自分が意思決定に参加していないところで、根本的な仕組みが変わったようにも感じます。
これは、取引の検証が分散していることと、方針を決める影響力が分散していることは、別の問題だということではないでしょうか。
ビットコインの「変えにくさ」に感じるもの
ビットコインでも、PoSに対応する別のソフトウェアを書くことはできます。
しかし、それを作っただけでは、既存の参加者が採用する理由にはなりません。PoWを前提に動くノードは、その条件を満たさないブロックを受け入れません。
もちろん、ビットコインも永久に変更できないわけではありません。保有者一人ひとりに、全世界の変更を止める拒否権があるわけでもありません。
それでも、根本的な変更をまとめ、広く受け入れさせることが難しい。その難しさ自体が、保有者にとっての予測可能性につながると私は感じます。
イーサリアムのように、大きな変更を調整し、実現できることも一つの強みでしょう。しかし私は、誰かの構想どおりに進化させることすら容易ではないビットコインに、より強く引かれます。
少し乱暴に言えば、「野生に近い」と感じるのです。
私はビットコインをDAOだと考えます
DAOという言葉には、幅があります。
共同の資金を持ち、トークン投票で意思決定する組織を指す場合もあれば、共通のルールと分散した参加者によって動く仕組みを、より広く指す場合もあります。ヴィタリック自身も、2014年の論考ではビットコインをDAOの例として挙げています。2014年の論考
私は、後者の意味で、ビットコインをDAOだと考えます。
発行や取引の検証は、共通のルールに従って行われます。全体を自由に操作する管理者の秘密鍵があるわけではありません。開発者はいますが、開発者だけで全参加者に変更を強制できるわけでもありません。
そして、その仕組みの外側には、異なる動機を持つ人や組織が、お金と労力を持ち寄って保守を続けるエコシステムがあります。
エコシステムがあるというだけで、DAOになるわけではありません。しかし、分散した仕組みを継続させるために、人間社会の側にも支援の仕組みが育っている。この組み合わせが興味深いのです。
なお、DAOと呼ぶことと、日本の法人税法上の「人格のない社団等」に該当することは、別の判断です。ビットコイン全体、開発プロジェクト、助成団体を、一つの団体として扱うこともできません。
今回の私の結論は、無人で動くからすごい、ということではありません。
人間も、組織も、資金も必要です。それでも、一つの主体が全体を所有し、自由に動かす仕組みにはなっていない。
私は、そこにビットコインの自律分散の美しさを感じます。
本稿は2026年10月1日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
記載には注意を払っていますが、誤りにお気づきの際はお問い合わせよりご一報いただけると幸いです。
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本記事に関連する制度や実務上の論点を、こちらの記事で解説しています。
DAOは法人税法上の「人格のない社団等」に該当するのか
