Basics of International Taxation

移転価格税制とは何か――制度の歴史と、日本の課税件数の推移

海外に子会社を設立すると、日本の本社と海外子会社の間で、商品代金、業務委託料、利息、ロイヤルティーなどの取引が生まれます。同じグループの会社なのですから、価格も自由に決めてよいように思えるかもしれません。しかし、その価格によって「どの国に、どれだけの利益が残るか」が変わります。そこで登場するのが、移転価格税制です。

大企業に対する巨額の課税を報じるニュースで知られる制度ですが、日本では実際にどれほどの件数が指摘されているのでしょうか。制度の歴史と国税庁の公表統計をたどりながら、中小企業にも関係する理由を整理します。

グループ全体の利益が同じでも、国ごとの利益は変わります

例えば、日本法人が原価60の商品を海外子会社に販売し、その子会社が現地のお客様に120で販売するとします。説明を簡単にするため、その他の費用、関税、為替変動は考えません。

社内の取引価格を変えると、利益の配分が変わります
日本から海外へ「100」で販売日本法人:100 − 60 = 利益40
海外子会社:120 − 100 = 利益20
グループ合計:利益60
日本から海外へ「70」で販売日本法人:70 − 60 = 利益10
海外子会社:120 − 70 = 利益50
グループ合計:利益60

仕組みを説明する架空例です。100が独立企業間価格であると認定した例ではありません。

日本からの販売価格を下げれば、日本の利益が減り、海外の利益が増えます。ただし、安い価格で売ったという事実だけで、直ちに不適切と決まるわけではありません。海外子会社が広告費や在庫リスクを負担しているなら、それに見合う利益が必要だからです。

移転価格税制は、国外の関連会社との取引条件を、独立した企業同士の取引で成立する条件と照らし合わせる制度です。日本では租税特別措置法66条の4を中心に規定され、日本法人の所得が少なくなる一定の場合に、独立企業間価格によって所得を計算し直します。税率の低い国との取引だけを対象とする制度ではありません。

対象となる「国外関連者」には、50%以上の直接・間接の持株関係などを持つ外国法人が含まれ、実質的な支配関係によって該当する場合もあります。「海外の会社である」というだけでは足りず、まず関連者の要件を確認する必要があります。制度導入時の背景と基本構造は、国税庁70年史にも整理されています。

米国から国際的な共通ルールへ――制度の歴史

移転価格税制は、最近のデジタル企業への課税から生まれた制度ではありません。米国の内国歳入法482条には長い前史があり、その直接の前身は1928年歳入法45条です。IRSの法務メモ(AM2025-001)も、この沿革を説明しています。

移転価格税制の主な節目
年出来事
1928年米国で、現在の内国歳入法482条の直接の前身となる歳入法45条が制定されます。
1968年米国で関連企業間の有形資産・無形資産・役務などを扱う規則が整備されます。
1979年OECDが「移転価格と多国籍企業」の報告書を公表。国際的な考え方の共有が進みます。
1986年日本が昭和61年度税制改正で移転価格税制を導入します。
1995年OECD移転価格ガイドラインの原版が承認されます。
2015年BEPSプロジェクトで、価値創造に対応した利益配分や文書化の見直しがまとめられます。
2016年日本でBEPSを踏まえた移転価格文書化制度の整備が行われます。

米国の1968年規則の沿革はIRSの公報、1995年以降の展開はOECDのガイドライン解説に記載されています。日本の文書化制度については、国税庁の平成28年度改正資料が基本になります。

コカ・コーラの移転価格紛争も有名ですが、「同社への課税をきっかけに、初めて制度が法制化された」と理解するのは適切ではありません。制度自体には、それ以前からの歴史があります。

各国が他国の制度を参考にしてきた面はあります。ただ、それだけでなく、一つの取引について売り手の国と買い手の国が異なる利益配分を主張すると、二重課税が起きます。国内法の整備と、OECDを通じた共通の考え方の形成が、並行して進んできたと捉えると分かりやすいと思います。

日本では、実際に何件指摘されているのでしょうか

ここでは国税庁の公表資料から、移転価格税制に係る調査で非違があった件数と、申告漏れ所得金額を整理します。統計でいう「非違」は、税務上の誤りなどが認められたことを指し、そのすべてが仮装・隠蔽を伴う脱税という意味ではありません。

非違があった件数の推移(2011〜2024事務年度/件)

数値は下の表にも掲載しています。棒の高さは各グラフ内の比較です。

申告漏れ所得金額の推移(2011〜2024事務年度/億円)

数値は下の表にも掲載しています。棒の高さは各グラフ内の比較です。

事務年度非違件数(件)申告漏れ所得(億円)
2011(平成23)182837
2012(平成24)222974
2013(平成25)170537
2014(平成26)240178
2015(平成27)218137
2016(平成28)169627
2017(平成29)178435
2018(平成30)257365
2019(令和元)212534
2020(令和2)134502
2021(令和3)154333
2022(令和4)149392
2023(令和5)125512
2024(令和6)107399

出典:国税庁「法人税等の調査事績の概要」の全国計。各年度のリンクから採録元資料を確認できます。表示は公表資料の単位に従います。旧年には調査課所管法人に限定した統計もあるため、対象範囲の異なる数字を単純につながず、ここでは2011〜2024事務年度の14年を掲載しました。年度による調査対象・実施環境の違いにも留意が必要です。

この14年間の公表値では、非違件数は年間107〜257件、申告漏れ所得金額は137〜974億円です。2024事務年度は107件・399億円でした。件数が最も多い年と、金額が最も大きい年は一致していません。

この統計を読むうえで、三つの区別が必要です。第一に、これは制度の対象企業数ではなく、調査で指摘された実績です。第二に、申告漏れ所得金額は税金そのものではなく、課税計算の基礎となる所得の金額です。第三に、事務年度は7月から翌年6月までで、調査対象となった過去の事業年度とは一致しません。

したがって、年間の件数が限られているからといって、「ほとんどの企業には適用されない」とは言えません。また、所得金額は個別の大型案件によって変動し得るため、ある年に金額が増えたことを、そのまま企業全体の不適切な取引の増加と解釈することもできません。

独立企業間価格は、なぜ難しいのでしょうか

同じ商品でも、卸売か小売か、どちらが在庫を持つか、誰がブランドを育てるか、返品や為替変動を誰が負担するかで、妥当な利益は変わります。商品名と請求書だけを比較すれば済むわけではありません。

方法にも複数の選択肢があります。類似の第三者取引の価格を比較する方法、再販売価格から適切な利益を差し引く方法、原価に適切な利益を加える方法、営業利益の水準を比較する方法、利益を分割する方法などです。対象取引に最も適切な方法を選び、比較可能性を検討します。

例えば独自のソフトウェアやブランドを使った取引では、まったく同じものを第三者に売った事例が見つからないことがあります。そこで企業の機能やリスク、無形資産への貢献まで分析することになります。国税庁も、形式だけでなく個々の取引実態に即して検討する方針を示しています。移転価格事務運営要領・第3章が、その確認事項を整理しています。

この難しさは、調査にも企業の準備にも負担を生みます。ただし、公表件数だけを見て「難しいから税務当局が課税していない」と原因まで断定することはできません。調査の選定、申告時の対応、事前確認の利用など、統計には直接現れない事情もあります。

中小企業は対象外、ではありません

日本では、会社が小さいことだけを理由に移転価格税制そのものが一律に免除されるわけではありません。ここで混同されやすいのが、ローカルファイルの「同時文書化義務」です。

一の国外関連者について、前事業年度の国外関連取引の合計金額が50億円未満、かつ無形資産取引の合計金額が3億円未満である場合などには、同時文書化義務の免除があります。しかし、これは確定申告期限までの書類作成・取得と保存の義務に関する話です。取引価格が検討対象から外れるわけではなく、調査時の資料提出が問題になる場合もあります。

また、今回の年次統計だけでは、指摘件数のうち何割が中小企業なのかまでは分かりません。大企業の大型事案が目立つことと、中小企業が制度の対象にならないことは、分けて考える必要があります。

国際比較――共通の原則と、異なる負担軽減策

Country制度の基本小規模企業・取引への配慮
Japan国外関連者との取引に独立企業間価格を適用一定規模未満の取引には同時文書化義務の免除。課税自体の一律免除とは別
United States共通支配下の取引について482条に基づく所得等の調整文書化と加算税の関係などを検討。日本の文書化基準を流用できない
United Kingdom関連者間取引に独立企業原則。国内取引も対象となり得る一定の中小企業には原則として本体の免除。ただし取引相手国などによる例外あり
Germany国外関連者との取引条件に独立企業原則小規模な取引に記録義務の緩和。情報提供等まで不要になるわけではない
Singapore関連者間取引に独立企業原則収入・取引の基準等に応じた文書化義務と免除。原則そのものの免除とは別

Source:IRSの制度説明・文書化FAQ、英国政府の制度説明、ドイツ対外税法1条・記録義務規則6条、IRASの制度説明。

英国のような「課税ルール自体の免除」と、日本などの「文書化の負担軽減」は、意味が異なります。なお、英国では中規模企業の免除を見直す案も検討されましたが、2025年11月の政府回答では免除の維持が示されています。改正案と成立した制度を区別することも、国際比較では欠かせません。

争いを減らすための事前確認と、二重課税の調整

取引が続いていく企業にとって、何年も後に価格を否定されることは大きな不確実性です。そこで、独立企業間価格の算定方法などをあらかじめ確認するAPA(事前確認)があります。相手国との相互協議を伴う方法では、両国の税務当局の合意に基づいて確認します。利用には資料や審査の負担もあり、単に届出を出せば価格が保証される制度ではありません。詳しくは国税庁の事前確認FAQをご参照ください。

移転価格税制は、国外の関連会社と取引する企業の利益を、国ごとにどう配分するかという問題です。大企業のニュースとして眺めるだけでなく、自社では誰が何を担い、その対価をどう決めているのかという視点から考えることが大切です。

本稿は2026年10月10日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。

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