日本は自動車や電気製品を海外に売り、原油や食料を買う国。その売った金額が買った金額を上回る「貿易黒字」は、長く日本経済の特徴でした。ところが近年は、買う金額の方が多い「貿易赤字」が続いています。日本の製品が売れなくなったのでしょうか。それとも、企業が海外で作るようになった影響なのでしょうか。
この疑問を考えるには、日本の国境を通るモノと、日本企業が世界で行う事業を分ける必要があります。貿易収支は国の売上や利益を表す決算書ではありません。まず輸出入の歴史を見て、工場の場所、海外で働く人、そこで得る利益へと視野を広げます。
輸出は増えているのに、なぜ赤字なのか
財務省の貿易統計で1979年から2025年までを見ると、1985年の貿易黒字は10.87兆円、2007年も10.80兆円でした。輸出するモノの金額が輸入を上回り続けていた時代です。その後、2011年に2.56兆円の赤字になり、2022年には赤字が20.33兆円まで拡大しました。
ただし、2011年から毎年赤字だったわけではありません。2016年、2017年、2020年は黒字です。2025年も赤字は2.93兆円まで縮小しました。赤字の大きさは、数年の間にも大きく変わっています。
もう1つ大切なのは、輸出額そのものが減り続けているわけではないことです。2025年の輸出は110.40兆円、輸入は113.33兆円でした。輸出はこの47年間で最大です。それでも輸入がさらに大きいため赤字になります。ただし、この金額はその年の円で測ったもので、物価や為替の影響を含みます。輸出額の増加だけから、売った数量や競争力も同じだけ伸びたとは判断できません。
エネルギー価格と円安が、支払額を動かす
輸入額が増える理由は、買う数量の増加だけではありません。たとえば1ドルの商品を100個買う場合、1ドル100円なら支払いは1万円、150円なら1万5,000円です。これは説明用の仮例ですが、数量が同じでも円安で円の支払額が増える仕組みを表しています。さらに、商品のドル価格自体が上がれば負担は重なります。
日本では、原油、液化天然ガス、石炭などの支払額が大きく動きます。税関の品目別統計では、これらを含む鉱物性燃料の輸入額は2020年の11.25兆円から2022年の33.70兆円へ増え、2025年には22.14兆円になりました。2022年の大幅赤字を説明する際、輸入エネルギーの負担を外すことはできません。
資源エネルギー庁の資料は、東日本大震災後の原発停止で火力発電への依存が高まった経緯を示しています。また、2024年版エネルギー白書の解説は、2022年の化石燃料輸入額の増加を、燃料価格の上昇と円安から説明しています。こうした変動と、何十年もかけて進む産業構造の変化は分けて考える必要があります。
燃料の輸入増をそのまま赤字の原因額とすることもできません。同時に輸出額や他の輸入額も動くためです。円安は外貨で受け取る輸出代金の円換算額も増やします。どちらの影響が大きいかは、価格、数量、契約通貨、輸入原材料への依存によって変わります。
海外の工場は、日本へ売るためだけにあるのか
生産の海外移転は、これとは別の仕組みで貿易を変えます。日本で作って海外に送れば日本の輸出です。同じ日本企業でも、海外の工場で作って現地の顧客に売れば、日本の輸出には入りません。その製品を日本へ送れば、日本の輸入になります。企業の国籍と、製品が国境を通る方向は別なのです。
経産省の海外事業活動基本調査によると、2024年度の製造業の海外生産比率は26.7%でした。これは海外現地法人の売上高を、国内全法人の売上高と海外現地法人の売上高の合計で割った比率です。生産台数や、日本の工場が移転した割合ではありませんが、海外で作り売る活動が相当な規模になっていることは分かります。
では、アジアの工場は主に日本へ製品を戻すためにあるのでしょうか。同調査では、アジアにある製造業現地法人の売上のうち、現地と同じ地域内への販売は77.1%、日本向けは16.1%でした。北米では、それぞれ94.5%と2.1%です。海外の拠点は、現地や近隣の顧客に売る役割を大きく担っています。
海外生産は国内からの完成品輸出を置き換える場合があります。一方、海外工場で使う日本製の部品や設備の輸出を生む場合もあります。現地で作らなければ獲得できなかった顧客もいるでしょう。したがって、海外売上が増えた額を、そのまま日本から失われた輸出額とすることはできません。
中国の台頭も、競争相手としての成長と、生産拠点・販売市場としての役割を分けて見る必要があります。貿易統計では、中国からの輸入は2000年の5.94兆円から2025年の26.70兆円へ増えました。一方、日本から中国への輸出も3.27兆円から18.78兆円へ増えています。しかも輸入には、日本企業の現地法人が作った製品も含まれます。この統計だけで、中国企業との競争に敗れた分と、日本企業が海外生産へ切り替えた分を分離することはできません。
米国は南米、欧州はアフリカを工場にしたのか
「米国は南米、欧州は東欧とアフリカ、日本はアジアを工場にした」という見方は、近隣に生産網を広げた点を捉えています。ただし、そのまま世界を3つに分けると、地理も事業の実態も取り違えてしまいます。
米国では、まず北米のメキシコとカナダが重要です。メキシコは南米ではありません。米国勢調査局の2025年貿易統計では、モノの輸入相手の上位はメキシコ、カナダ、中国でした。北米域内のつながりと、アジアからの調達が重なっています。ただし、輸入相手の順位だけでは、その工場を米国企業が所有しているかまでは分かりません。
欧州については、欧州中央銀行の分析が、ドイツなどと中東欧の生産網の結び付きを示しています。一方で、欧州委員会の2025年データでは、EUの域外のモノの輸入相手として中国が最大で、中国からの輸入の97.3%が製造品です。欧州の供給網も近隣だけで完結していません。
アフリカ全体を欧州の工場と呼ぶのも粗すぎます。欧州委員会の統計では、2025年のEUのサブサハラ・アフリカからの輸入の82.0%は、農産物や燃料・鉱物などの一次産品でした。これは北アフリカを含む数字ではありませんが、少なくとも「アフリカから完成品を大量に調達する」という説明だけでは実態を捉えられません。
各地域は工場であると同時に、顧客が暮らす市場でもあります。企業は人件費だけでなく、顧客との距離、部品の調達、輸送、制度や事業継続のリスクも考えて拠点を置きます。日本とアジアの関係も、安い場所で作って日本へ戻すという一方向だけでは理解できません。
貿易赤字でも、海外から受け取る所得はある
海外の工場が現地で売って得た利益は、日本の輸出には入りませんが、出資した日本の親会社に帰属する利益は、別の統計に現れます。海外投資の配当や利子などの受け取りと支払いをまとめた「第一次所得収支」です。企業の直接投資だけでなく、海外の株式や債券への投資収益も含まれます。
財務省の国際収支統計では、2025年の第一次所得収支は41.82兆円の黒字でした。モノ、サービス、こうした所得などを合計した「経常収支」も32.24兆円の黒字です。日本の海外との経済関係は、国内で製造して輸出する活動だけでは測れなくなっています。
ここでいう国際収支統計のモノの収支は0.57兆円の赤字で、冒頭の税関ベースの2.93兆円とは異なります。税関統計は輸入価格に運賃・保険料を含む一方、国際収支ではそれらを分け、所有権の移転なども調整します。同じ「貿易収支」でも基準が違うので、数字を混ぜてはいけません。
また、所得の黒字が、その年に全額日本へ送金された現金を意味するわけでもありません。日銀の計上方法の説明にあるとおり、現地法人に残して再投資する利益も計上されます。海外で稼ぐ力は重要ですが、その利益が国内の賃金や設備投資にどうつながるかは、さらに検討すべき問題です。
海外駐在員は減ったのか
海外に派遣されて働く人の動きも見てみましょう。駐在員に近い指標として、経産省調査には現地法人の従業者のうち「日本側派遣者数」があります。回答した現地法人の合計は、2019年度の59,632人から、2024年度の48,364人へ減りました。
この5年間の比較では18.9%の減少です。ただし、この項目の回答現地法人も13,185社から11,758社へ減っており、同じ企業だけを追った結果ではありません。金融・保険・不動産業や海外支店、帯同家族を含む、海外駐在員全体の人数でもありません。人数の変化だけから、企業の撤退、現地人材への交代、調査の回答状況の影響を切り分けることはできません。
外務省の海外在留邦人数調査も別の統計です。2025年10月1日の総数は1,298,170人ですが、うち長期滞在者が709,684人、永住者が588,486人です。2019年に比べて長期滞在者は減り、永住者は増えています。留学生や家族なども含むため、総数を駐在員数と呼ぶことはできません。過去の職業別統計の「民間企業関係者」を用いる場合にも、本人と同居家族を分ける必要があります。
海外で事業を行うことと、日本人を多く派遣することも同じではありません。現地人材が経営を担う形もあれば、日本から顧客に直接販売する形もあります。海外への挑戦の強さを判断するなら、派遣人数に加えて、顧客、売上、利益、新たな投資を見る必要があります。
起業家は、海外の顧客に挑戦すべきだ
本稿で見たように、アジアにある日本の製造業現地法人では、売上の77.1%が現地・域内向けです。海外は、日本へ送る製品を作る場所であると同時に、実際に顧客を獲得してきた市場でもあります。この実績を踏まえ、私は起業家が海外市場に挑戦すべきだと考えます。ただし、既存の進出企業の実績から、新しい企業の成功まで保証されるわけではありません。これは事実を踏まえた経営上の提言です。
その第一歩が、必ず海外移住や現地法人の設立である必要はありません。日本から輸出する、オンラインでサービスを届ける、現地の販売会社と組む、小さな案件で需要を確かめる。その結果を踏まえて、自社の拠点を置くかを決めることができます。
判断したいのは、海外売上の大きさだけではありません。輸送費や販売費を払って利益が残るか、代金を回収できるか、顧客が継続して買うかです。海外進出そのものを目的にせず、海外の顧客に必要とされ、持続して利益を上げる事業を作る。貿易と海外生産の歴史から、私はその挑戦の必要性を感じます。
海外進出への政策支援も、拠点や派遣者の数を増やすこと自体を目的にせず、新しい海外顧客の獲得と、継続して利益を得る事業につながったかで評価すべきだと考えます。これは本稿の分析からの政策提言であり、特定の支援制度の効果を検証した結果ではありません。
本稿は2026年9月8日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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