円を預けるより、ドルを預けるほうが多くの利息を受け取れる。そうなれば、円を売ってドルを買いたい人が増えやすくなります。ほかの条件が同じなら、利息の高い通貨は買われやすい。これが「日米の金利差が円安につながる」という説明の出発点です。
例えば、円で運用すると年1%、ドルでは年4%の利息を受け取れるとします。税金や手数料を除き、為替相場も変わらなければ、ドルで運用したほうが有利です。ただし、最後に円に戻すときにドルが値下がりしていれば、利息の差以上に損をすることもあります。この金利は説明用の仮例です。
つまり、金利差は大事ですが、それだけで円相場は決まりません。いまの金利だけでなく、これからの金利や為替の予想も関わります。さらに、為替相場が同じでも海外の物価が上がれば、同じ円で海外で買えるものは減ってしまいます。まず金利、その次に物価、そして日本が海外でどう稼いでいるかを順に見ていきましょう。
利息の高いドルが買われると、円は安くなる
ドルを買うために円を売る動きが強まれば、円安・ドル高に向かう圧力になります。ただ、金利の高さがすでに予想されていれば、その見通しは相場に反映されている可能性があります。「米国が利上げしたから、その後も必ずドルが上がる」とは言えません。予想に比べて何が変わったかが重要です。
宮本亘氏の研究は、2021年初めから2023年9月にかけてのドル円の動きを分析し、米国金利の変化が大きな部分を説明するという推計結果を示しています。同時に、別の期間では、その説明力が同じように高いわけではないことも確認しています。これは著者が一定の仮定を置いた統計モデルによる結果であり、日本銀行の公式見解ではありません。金利差を有力視する根拠にはなりますが、いつでも通用する予測式を得たわけではありません。宮本亘「日本の為替レートの動向と決定要因に関する分析」は、結果と限界を併せて読む必要があります。
実際、IMFの2026年対日審査報告は、2025年半ば以降、日米の長期金利差が縮小する一方で円安が進んだと指摘しています。同報告の第16段落は、「金利差が縮めば必ず円高になる」という説明への具体的な反証です。為替を考える際は、日米の金利だけでなく、物価と金融政策の先行きが予想に比べてどう変わったかを見る必要があります。
両替の相場と、海外で買える量を分けて考える
ニュースで聞く「1ドル150円」は、円とドルを交換する値段です。これを名目為替レートと呼びます。しかし、日本が取引する相手は米国だけではありません。複数の通貨と比べ、取引の多い相手を重く数えた円の指数が「名目実効為替レート」です。
さらに、海外と日本の物価の違いも考慮したものが「実質実効為替レート」です。例えば、両替相場が変わらなくても、海外の商品だけが値上がりすれば、同じ円で買える海外の商品は減ります。こうした相対的な価格の変化も捉える指数です。ただし、個人の旅行費用を直接測るものではありません。日本銀行の解説and国際決済銀行(BIS)の定義に基づきます。
下のグラフでは、どちらも線が下がるほど円安です。基準の2020年を100としており、100が経済的に適正な水準という意味ではありません。
2000年の月次指数を平均すると、名目実効は103.9、実質実効は162.1です。2020年には両方が100になります。つまり、この20年間は名目の下落が小さくても、実質では大きく下落しました。その後は名目も下がり、2026年7月の指数は名目67.57、実質65.04です。長年の物価の違いに、近年の両替相場での円安が重なっていることが分かります。数値は日本銀行の月次公表値に基づき、年平均は12か月の単純平均です。
物価が上がると、なぜ金利も上がるのか
利息が年3%付いても、商品の値段が年2%上がれば、買える量の増加はおよそ1%です。このように、利息から物価上昇分を差し引いた利回りを「実質金利」と呼びます。これからの物価上昇の予想も含めて整理した近似式が、名目金利≒実質金利+期待インフレ率というフィッシャー関係です。期待インフレ率とは、これから物価がどれくらい上がると予想されているかです。実質金利が同じなら、予想される物価上昇が大きいほど、それを埋め合わせる高い金利が必要になる、という関係です。ただし近似であり、債券利回りには物価の不確実性への上乗せなども含まれます。D’Amico・Kim・Wei「Tips from TIPS」も、この点を扱っています。名目金利が上がっても、期待インフレ率も同じだけ上がれば、実質金利が上がったとは限りません。
物価と金利が一緒に上がる理由は、もう1つあります。買いたい人が増えて値上がりが強まると、中央銀行が物価を落ち着かせるために利上げすることがあるからです。他方、利上げは借入費用などを通じて消費や投資を抑え、時間をかけてインフレを抑制する方向に働きます。米連邦準備制度の政策解説は、この双方向の関係を説明しています。
したがって、金利と物価が一緒に上がった事実だけで、利上げがインフレを起こしたとは言えません。Romer・Romer「A New Measure of Monetary Shocks: Derivation and Implications」は、1969〜1996年の米国について、景気・物価の見通しへの政策反応を取り除く方法で分析し、金融引締めが後のインフレを抑えると推計しています。「一緒に動いた」ことと「原因になった」ことを分けるには、こうした分析が必要なのです。
海外で利益を上げても、すぐ円が買われるとは限らない
日本は海外で稼げなくなったのでしょうか。実は、商品の輸出入だけでは見えない収入があります。海外の会社から受け取る配当や、投資したお金の利息です。財務省の国際収支統計では、2025年の経常収支は32.2兆円の黒字です。経常収支は、海外との商品・サービスの売買や、投資から得る所得などをまとめた収支です。
| 2025年の収支 | Amount | 内容 |
|---|---|---|
| 貿易・サービス収支 | 4.0兆円の赤字 | 財・サービスの売買では支払が受取を上回ります。 |
| 第一次所得収支 | 41.8兆円の黒字 | 配当や利子、海外子会社の再投資収益などが含まれます。 |
| 第二次所得収支 | 5.6兆円の赤字 | 対価を伴わない経常的な移転などを記録します。 |
| 経常収支 | 32.2兆円の黒字 | 上の3つの収支を合計したものです。 |
出所は財務省「国際収支の推移」の暦年総括表です。2026年9月7日に取得した改訂後の公表値を兆円単位に丸めています。
利益を日本へ戻す選択には、税制も関わります。2009年導入の外国子会社配当益金不算入制度では、原則として持分25%以上を6か月以上継続保有する外国子会社からの配当の95%を、日本親会社の課税所得に含めません。持分要件には租税条約による例外があり、外国子会社合算税制で課税済みの利益の配当などは別の調整があります。
還流を促すという見方には実証的な裏付けもあります。Hasegawa・Kakebayashi「The effect of foreign dividend exemption on profit repatriation through dividends, royalties, and interest: evidence from Japan」は、2009年改革による税負担の低下が、日本親会社への配当と送金総額を増やしたと推計しています。2004年と2007〜2013年の企業データを使った、著者の統計モデルによる結果です。
ただし、この税制だけで日本の所得黒字を説明することはできません。表にある「第一次所得」には、配当や利子のほか、海外子会社が日本へ送らず、現地に残した利益の一部も入ります。海外子会社の留保利益は親会社に帰属する部分を第一次所得に、同額を金融収支に再投資として記録するという日銀の統計上の扱いだからです。利益の還流を促すことと、第一次所得の総額を増やすことは別です。
さらに、配当を外貨のまま保有・運用すれば、その時点で円買いにはなりません。国際収支は通貨の交換額そのものを示す統計ではなく、所得黒字と円安は両立します。税制による還流増加が円相場をどれだけ動かしたかも、この研究では分かりません。
デジタル赤字だけでは、円安の大きさは説明できない
海外のクラウドやソフトウェア、広告サービスへの支払も論点です。日銀レビューは、デジタル関連収支の主要項目として、コンピュータサービス、著作権等使用料、専門・経営コンサルティングサービスを挙げ、支払が受取を上回って増加してきたと分析しています。ただし、統計項目の定義を見ると、専門・経営コンサルティングサービスには法務や会計・経営コンサルティングなども含まれます。「デジタル赤字」は、それだけを切り出して直接測った数字と同じではありません。日銀レビュー「国際収支統計からみたサービス取引のグローバル化」の分類には、この点への注意が必要です。
こうした支払の増加が外貨需要を増やす経路は考えられます。しかし、輸出入全体、海外との投資、決済通貨や為替予約を確かめずに、円安の主因と断定することはできません。また、海外サービスの購入が国内企業の生産性を高める場合もあります。支払の増加だけで、経済全体の損失が同額増えたと評価するのも早計です。
長期の実質円安には、物価と生産性の問題がある
名目相場が変わらず、海外の物価が日本より速く上がれば、共通の通貨で見た日本の価格は相対的に低くなります。実質実効為替レートが下がるのは、その関係を指数に反映した結果です。ここで調整するのは観測された相対物価で、金利を考える際の期待インフレ率とは役割が違います。低い物価上昇率が名目円安を引き起こした、と証明しているわけではありません。
購買力平価の考え方では、同じものの価格が通貨を換算した後で均衡する方向に、為替が調整すると考えます。この考え方が長期に厳密に成り立つなら、物価上昇率が低い国の通貨は名目で上がり、物価差を相殺するはずです。実質円安が長く続いたという事実は、その相殺が十分には起きなかったことを示します。IMFの解説が挙げるように、輸送費、貿易できないサービス、消費の違いなどがあるため、物価差だけで適正なドル円相場を一意に決めるのは困難です。BISも、指数が100を下回ること自体は割安の判定にならないと説明しています。
その背景の候補が生産性です。法眼吉彦氏・來住直哉氏の研究は、日米の貿易部門と非貿易部門を分けたモデルを用い、1990年代半ば以降の実質円安には、日本の貿易部門の生産性が米国に対して相対的に低下したことが関わった可能性を示しています。貿易部門で稼ぐ力の伸びが相対的に弱ければ、賃金や国内サービス価格を押し上げる力も弱くなり得る、という経路です。これは、生産性の絶対水準が下がったという主張とは異なります。法眼吉彦・來住直哉「わが国におけるバラッサ・サミュエルソン効果について」も日本銀行の公式見解ではなく、日米2国間のモデル推計です。複数通貨に対する実効レートの動き全体や、数か月の急変まで、その結果だけで説明することはできません。
円の弱さを、誰の何の問題として捉えるか
以上を踏まえると、2021〜2023年の名目円安には金利とその先行きへの期待を重く見る一方、長期の実質円安には相対物価や生産性も見る、という分け方が妥当です。経常黒字は円高を保証せず、デジタル赤字や生産性だけで日々の相場が決まるわけでもありません。今後、金利見通しが変わっても円安が続くなら、同じ説明を繰り返すより、資金の動きや通貨を持つリスクの評価を調べる必要があります。
円安の損得も、所得を受け取る通貨と費用を払う通貨で違います。外貨売上があり円で費用を払う企業には利益の押上げ要因となり、輸入に頼り値上げが難しい企業には負担となります。いずれも、価格や販売量、為替予約などによって結果は変わります。家計についても、輸入品の値上がりを賃金や所得の増加が補えるかが問題です。
円安だから日本のすべてが弱くなった、と決め付けることもできません。まず「利息を求めてドルが買われる」という動きを理解し、その先に物価の違いや、海外で得た利益の使い道もあると考える。そうすると、金利差だけでは説明できない円安も、少しずつ読み解けるようになります。
本稿は2026年9月8日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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