スタートアップの創業者が海外移住を検討するとき、資金調達で示された株価が気になることがあります。「投資家が優先株を1株1万円で引き受けたので、自分の普通株も1万円として出国税を計算するのか」という問題です。結論からいうと、優先株の発行価格を、権利内容の異なる普通株へ無条件で当てはめることはできません。ただし、資金調達価格を無視してよいという意味でもありません。
検討には、国外転出時課税の対象者・対象資産の確認、所得税の評価通達の適用、種類株式の権利内容の整理という三つの段階があります。金融理論に基づく株価評価と、税務上どの評価方法が認められるかという問題も、分けて考える必要があります。
未上場だから出国税の対象外になるわけではありません
国外転出時課税は、一定の居住者が1億円以上の対象資産を所有等して国外転出する場合に、対象資産の譲渡等があったものとみなす制度です。対象資産の価額の判定と、含み益に対する税額計算は別の段階です。現金が1億円あるかではなく、対象資産に該当する有価証券等の価額を検討します。
未上場株式も対象となり得ます。会社がまだ利益を出していないこと、創業者が株式を売却する予定がないことだけでは、評価や課税の検討を省略できません。また、対象者には国外転出前の一定期間の居住状況等の要件があるため、株式の金額だけで適用を決めることもできません。National Tax Agency: "Special Provisions for Capital Gains, etc. when Moving Overseas"
評価の入口は60の2-7からたどります
所得税基本通達60の2-7は、国外転出時の有価証券等の価額について、原則として23~35共-9及び59-6の取扱いに準じて算定する構造を採っています。したがって、まず適正な売買実例等を検討し、その株式の状況に合った方法をたどります。相続税評価額や直近の資金調達価格を、最初から唯一の答えとする構造ではありません。
評価日は手続によっても異なります。納税管理人の届出をして国外転出する場合と、届出をせず国外転出時までに申告する場合とでは、法定の評価時点に違いがあります。後者では原則として国外転出予定日の3か月前の日が関係し、その後に取得した資産には別の取扱いがあります。出国の直前に株価を一つ計算すれば足りるとは限りません。所得税基本通達60の2-7
種類株式の内容を勘案する明文があります
所得税基本通達23~35共-9の注記には、種類株式を発行している場合、その内容を勘案して株式の価額を算定する旨が明記されています。また、国税庁の2023年7月改正に関する解説は、売買実例の有無を株式の種類ごとに判定すると説明しています。「普通株と優先株を区別する考え方は金融理論にしかない」という説明は正確ではありません。
もっとも、この解説は新株予約権等の行使による経済的利益の評価について書かれた資料です。国外転出時課税では60の2-7が23~35共-9等に準じるという接続を確認して用います。出国税専用の「優先株価格から普通株価格を何%割り引く」といった定率の計算規定があるわけではありません。所得税基本通達23~35共-9
第三者割当は、税務上の売買実例となり得ます
第三者割当増資は、既存株主が保有株式を売る取引そのものではありません。しかし、国税庁の同解説は、金銭を負担して株式を取得する点を踏まえ、売買実例として取り扱う旨を説明しています。したがって「増資なので売買実例には一切ならない」と整理するのは適切ではありません。
同時に、その払込価額が通常の取引価額と認められなければ、その価額によって評価できないとも説明されています。種類が同じか、評価日からどの程度近いか、資金調達の前後で事業や資産の状況が変わっていないか、付随する契約条件が価格に影響していないかを検討します。優先株の増資実例を、普通株の売買実例そのものと扱うことには慎重さが必要です。国税庁・2023年7月改正解説
普通株と優先株の差は、権利の中身から説明します
| Checklist | 評価上の問い |
|---|---|
| 残余財産の分配順位 | 投資家が先に回収する金額はいくらか |
| 参加型・非参加型の別 | 優先回収後にも残りの分配を受けるか |
| 普通株への転換条件 | いつ、どの比率で普通株になるか |
| 配当・議決権・取得請求等 | 各種類の経済的利益や支配力がどう異なるか |
| 投資契約等の付随条件 | 株式自体の権利と契約上の権利をどう区別するか |
例えば、創業者が普通株80株、投資家が優先株20株を持ち、優先株には総額2億円を先に受け取る非参加型の残余財産優先権があるとします。普通株への転換等を考慮しない単純な分配例では、分配可能額が3億円なら、優先株側が2億円、普通株側が残り1億円を受け取ります。株数割合だけで20%と80%に分配する場合とは、経済的な結果が異なります。
これは権利差を説明する仮定例であり、現在の税務上の株価計算ではありません。実際の評価には将来の事業成果、転換の条件、資金調達後の現預金、各シナリオの可能性などが関係します。優先権があるから普通株を一律に半額とする、あるいは純資産から優先額を単純に差し引けばよい、と結論付けることはできません。
金融理論上の評価と、税務上の説明をつなぎます
企業価値を種類株式間へ配分する評価では、将来の状況を場合分けする方法やオプションの考え方を使う方法などが検討されます。これらは権利内容を価額へ反映するための分析手段です。しかし、金融理論上の計算書があることだけで、その額が当然に税務上採用されるとはいえません。
税務では、対象となる株式、評価日、採用した通達上の区分、売買実例の適正性、59-6に基づく修正の要否まで、一つの説明として整理します。財産評価基本通達の例による場合も、中心的な同族株主の取扱い、土地等の時価修正、評価差額の法人税額等相当額を控除しないことなどを確認します。所得税基本通達59-6
移住の前に、資本政策の資料をまとめます
必要となる資料は、定款、投資契約、株主間契約、資本政策表、直近の資金調達資料、事業計画、決算書、過去の評価書などです。評価書には、なぜ優先株の価格を普通株へそのまま用いないのか、逆になぜ資金調達価格を評価の参考とするのかを、資料に沿って記載します。
国外転出時課税は、売却代金が入らない段階で納税が問題となる制度です。評価額の見通しと併せて、納税管理人、申告時期、納税猶予を利用する場合の要件・担保・継続手続を確認します。株式評価と移住手続を別々に進めず、評価日を含む全体の予定をそろえることが大切です。
根拠の所在を補うと、所得税基本通達23~35共-9(4)イの注に、株式の種類ごとに売買実例を判定する旨があり、同(4)ニの注2には、種類株式の内容を勘案して価額を算定する旨があります。売買実例の有無と、株式に付いた権利の評価は、それぞれ確認します。
主な参考資料
法令・制度の基準日:2026年09月03日。個別の事実関係によって結論が変わるため、具体的な取扱いは資料を確認してご検討ください。
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