2021年から2022年ごろ、「DAO」という言葉をよく耳にしました。Decentralized Autonomous Organization。日本語では「自律分散型組織」と呼ばれます。
特定の経営者や管理者に頼らず、共通の目的を持つ人たちが集まり、ルールに沿って意思決定し、組織を動かしていく。その発想は、ずいぶん未来的に感じられました。
最近、自分の周りでは、あの頃ほどDAOという言葉を聞かなくなりました。誰が投票しているのでしょうか。結局、大口のトークン保有者が決めているのではないでしょうか。期待したほどトークンの価格も上がっていません。そんな疑問や失望を感じた方もいると思います。
それでも、「自律分散」という発想は美しいと感じます。
誰か一人の能力や善意に依存せず、人が協力して組織を動かせるとしたら。流行が落ち着いた今だからこそ、その可能性をもう一度考えてみたいと思います。
人が集団で何かを決めようとすると、さまざまな問題が生じます。
一人に任せれば決定は速いかもしれません。しかし、その人が判断を誤ったときに止められるでしょうか。複数人で決めれば慎重になる一方、意見が割れて動けなくなることもあります。全員に決定権を与えれば、今度は誰が十分に調べ、誰が実行するのかという問題が生じます。
こうした悩みは、インターネットが生まれるはるか前から存在していました。
共和政ローマには、コンスルと呼ばれる執政官が二人いました。任期は原則一年です。権力を二人で分担し、互いの行為を制止できる仕組みでした。一人に長く権力を握らせないための工夫です。もちろん、元老院や民会もあり、二人だけですべてを決めていたわけではありません。執政官制度の解説
ただし、権力者を二人にすれば、必ず正しい答えが出るわけではありません。対立すれば決まらず、二人とも判断を誤る可能性もあります。権力を分けることと、判断の質を高めることは、別の問題です。
また、統治する側の権力を分けることと、統治される人々に参加の権利を広げることも、同じではありません。
後世の議会政治では、誰を代表として選ぶかに加えて、そもそも誰に選ぶ権利を認めるかが大きな争点になりました。英国でも、女性が男性と同じ条件で議会選挙に参加できるようになったのは1928年です。「みんなで決める」の「みんな」は、初めから今と同じではありませんでした。英国議会による選挙権の歴史
一人一票には、政治に参加する人を対等に扱うという大切な意味があります。
しかし、一人一票であれば、判断も正しくなるのでしょうか。
ある問題を長年調べてきた人にも、初めて聞いた人にも一票です。生活が大きく変わる人にも、ほとんど影響を受けない人にも一票です。その平等さを守りながら、知識や当事者の切実さを、どう意思決定に取り込めばよいのでしょうか。
代表者を選んで任せるのは、その問題への一つの答えです。誰もが政策のすべてを調べ、日々判断し続けることは難しいため、時間と責任を持って取り組む人を選びます。
ところが、任せた人が期待どおりに働くとは限りません。議会で居眠りしているように見える姿が映れば、これでよいのかと感じます。ただし、その映像だけで制度全体を評価することもできません。代表者の仕事をどう確かめ、問題があればどう交代させるかまで考える必要があります。
一方、すべてを直接投票で決めれば解決するとも思えません。その場の感情や耳触りのよい言葉が、十分な検討を経た意見より支持されることはあり得ます。いわゆる衆愚政治への懸念です。しかし、それを理由に少数の優秀な人に任せようとすると、今度は誰が、その優秀さを判定するのでしょうか。
多数決だけでも、専門家への委任だけでも、解決しない問題が残ります。
ここで、身近な株式会社を考えてみます。
株式会社の歴史を振り返ると、東インド会社が思い浮かびます。例えば、オランダ東インド会社(VOC)には、1602年に出資した人々の記録が残っています。多くの人から資金を集め、一人では難しい事業に取り組む仕組みは、DAOよりはるか前から工夫されてきました。オランダ国立公文書館の資料
当時の出資者の権利を、現代の株主と同じように考えることはできません。それでも、資金を出す人と事業を動かす人をどう結びつけるかという問題は、今にもつながります。
現代の株式会社では、議決権は一般に保有株式数に応じます。「一人一票」ではなく、いわゆる「一株一票」の発想です。実際には単元株制度や議決権の異なる株式などがありますが、人の数と票の数が一致しない点は明確です。日本取引所グループの株主向け案内
多くの資本を負担する人に、それに応じた決定権を与える。共同で事業を営む仕組みとして、理解しやすい考え方です。
しかし、多くの株式を持つ人が、常に最も適切な判断をするとは限りません。少数株主や従業員との利害が一致するとも限りません。また、株主が日々の経営判断をすべて行うわけではなく、経営を担う人への委任も必要になります。
政治と会社では目的が違います。それでも、「誰に任せ、その人をどう監視するか」という問題は共通しています。
インターネットの時代になると、そこに「Code is Law」という視点が加わります。
ローレンス・レッシグが論じたこの言葉は、ネット上ではソフトウェアの設計そのものが、人に何を可能にし、何を制限するかを決めるという考え方です。コードなら常に正しい、あるいは国家の法律が適用されなくなる、という意味ではありません。レッシグ「Code Is Law」
例えば、「承認を得ずに共同資金を使ってはいけない」という約束を、所定の承認がなければ送金できない仕組みにする。ルールを守るよう求めるだけでなく、その実行方法まで設計できます。
DAOの魅力の一つは、この点にあります。共同資金の使い道を提案し、投票で承認し、一定の条件を満たしたらプログラムで実行する。すべてのDAOが完全に自動化されているわけではありませんが、ルールと実行を近づけることができます。EthereumのDAO解説
ただし、共通の管理者を置かないのであれば、参加者が持つ記録が食い違ったときに、どの記録を採用するかを決めなければなりません。
そこで重要になるのが、コンセンサス、つまり合意形成の仕組みです。
ここでは二つの問題を区別する必要があります。一つは「どの取引履歴を共通の記録として認めるか」。もう一つは「共同資金を何に使い、組織をどちらへ進めるか」です。
コンセンサスアルゴリズムが主に扱うのは前者です。DAOのガバナンスが扱う後者とは関係しますが、同じものではありません。正確な会計帳簿があっても経営判断が正しいとは限らないのと、似ています。
ブロックチェーンの世界では、共通の記録を維持するために、さまざまな方式が考えられてきました。
名前が多く、混同しやすいため、主要なものを整理しておきます。以下は派生方式まで含めた完全な一覧ではなく、合意形成を理解するための主要な設計と用語です。また、一つのブロックチェーンが複数の仕組みを組み合わせている場合もあります。
まず、誰に参加資格や決定の重みを与えるかという面から見ると、次のような工夫があります。
| 方式・設計 | 主な考え方 | 代表例 |
|---|---|---|
| PoW:Proof of Work | 計算作業の証明を使い、ブロック作成や履歴の選択を支えます。 | Bitcoin |
| PoS:Proof of Stake | 預け入れた暗号資産などを基礎に、検証への参加や重みを決めます。 | Ethereum |
| DPoS:Delegated Proof of Stake | トークン保有者の投票で、ブロック作成を担う代表者を選びます。 | BitShares、EOSIOの設計、TRON |
| NPoS:Nominated Proof of Stake | 保有者がバリデーター候補を指名し、選出の仕組みと組み合わせてネットワークを支えます。 | Polkadot |
| PPoS:Pure Proof of Stake | 保有量を反映した暗号学的な抽選などを使い、提案・投票を担う参加者を選びます。 | Algorand |
| PoA:Proof of Authority | あらかじめ認められた検証者が、ブロックの作成などを担います。 | Cliqueという設計 |
| Proof of Space and Time | 記憶容量の確保と、時間に関する証明を組み合わせます。 | Chia |
| PoW・PoSの併用 | 計算作業を担う側と、ステークに基づいて承認する側を組み合わせます。 | Decred |
これらは、互いに完全に独立した分類ではありません。DPoSやNPoSはPoSに関係する設計ですし、PPoSも参加者の選び方だけでなく、合意の手順を含んだ仕組みです。
さらに、参加者同士がどうやり取りし、記録を確定するかという面にも、さまざまな工夫があります。
| 方式・用語 | 主な考え方・位置づけ |
|---|---|
| Nakamoto型の合意 | Bitcoinでは、累積した計算作業が最も大きい有効なチェーンを採用します。後続ブロックが積み重なることで、履歴が覆る可能性を小さくします。原論文 |
| PBFT | 一部の参加者が不正な動きをしても、一定の条件の下で合意できるようにする方式です。1999年に発表され、Bitcoin以前から研究されていました。原論文 |
| Tendermint/その実装であるCometBFT | 提案と段階的な投票を通じてブロックを確定するBFT系の方式です。Cosmos系の技術で重要な役割を持ちます。CometBFT公式 |
| HotStuff | 参加者間の通信や、提案を主導する役割の交代を効率化するBFT系の方式です。原論文 |
| Snow系/Snowman | 一部の参加者への問い合わせを繰り返し、判断を収束させる方式です。Avalancheで使われています。公式解説 |
| FBA/Stellar Consensus Protocol | 各参加者が、どの参加者の組み合わせを信頼するかを設定し、それらの関係を通じて合意を形成します。SCPはFBAに基づく具体的な方式です。Stellar公式 |
| XRP Ledgerの合意方式 | 各サーバーが信頼する検証者のリストを使って、提案と承認を評価します。Stellarと同じ方式というわけではありません。公式解説 |
| Raft | 主に参加者の停止などの障害を想定し、記録を一致させる方式です。悪意ある参加者への耐性を扱うBFT系とは前提が異なります。Hyperledger Fabricの選択肢の一つです。公式解説 |
関連する用語として、Solanaで知られるPoH、Proof of Historyもあります。ただし、PoHだけで合意を成立させるわけではありません。時刻や出来事の順序を検証する仕組みとして、合意形成を支えます。Solanaによる設計の解説
また、FilecoinのPoRepやPoStは、データの複製や継続的な保存を証明する仕組みです。保存の証明と、ブロックについて合意するExpected Consensusは、区別して理解する必要があります。保存証明の説明、Expected Consensusの仕様
こうして並べると、単に「みんなで承認する」という一言では説明できないことが分かります。何を参加の根拠とし、誰に任せ、どのような不正や障害を想定するかによって、設計が変わります。
Ethereumは、2022年9月15日にPoWからPoSへ移行しました。一つのプロジェクトの中でも、合意形成の仕組みは見直されてきたのです。Ethereumの移行説明
Cosmos Hubのバリデーターとデリゲーターも、こうした工夫の一つです。
バリデーターは設備を運用し、ブロックの提案や合意に参加します。デリゲーターは、自ら設備を運用する代わりに、自分のステークをバリデーターに委任します。委任先の行動によって損失を負う可能性もあるため、単に任せて終わりという関係ではありません。Cosmosの公式資料
さらに、Cosmos Hubのガバナンスでは、デリゲーターが自分で投票しない場合にバリデーターの投票が反映される一方、自ら投票することもできます。運用を任せることと、自分の意思を示すことを組み合わせています。Cosmos Hubの説明
ここでも、代表者への委任という考え方が登場します。
ただし、ブロックへの投票と、運営方針への投票は別のものです。前者の仕組みが優れていても、共同資金の使い道や、ルール変更についての対立がなくなるわけではありません。
世界経済フォーラムは、2022年6月に「Decentralized Autonomous Organizations: Beyond the Hype」という報告書を公表しています。DAOへの期待とともに、ガバナンスやセキュリティ、規制上の課題を扱っていました。熱狂のさなかに、すでにその先が問われていたのです。世界経済フォーラムの報告書
DAOの運営に話を戻すと、トークンの保有量に応じて投票する仕組みでは、大量に持つ人の声が大きくなります。この点では、株式会社の議決権に似ています。
分散しているかどうかは、DAOという名称だけでは分かりません。誰が投票権を持ち、実際に誰が行使しているかを見る必要があります。Compound、Uniswap、ENSを対象にした2022年の研究も、この問題を扱っています。DAOの投票権に関する研究
また、投票できることと、投票することは違います。
提案を読み、議論を追い、判断するには時間がかかります。そのため、熱心な少数者や、専門知識のある人に運営が集まることも考えられます。
これを直ちに分散の失敗と考えてよいのでしょうか。全員が、すべての問題について、常時判断し続けることを求める方が難しいのかもしれません。委任先の行動を確認できるか、委任を撤回できるか、権限が固定化しないかという点も重要です。
投票方法そのものを変える試みとして、クアドラティック・ボーティング、二乗投票もあります。
例えば、全員に同じ投票用ポイントを配り、複数の議題に使えるようにします。一つの議題に一票を投じるには一点、二票なら四点、三票なら九点を使います。
強く望むことには票を重ねられます。ただし、その分、ほかの議題に使えるポイントは減ります。「賛成か反対か」に加えて、「どれほど重視しているか」を表現する工夫です。実際のお金を使うモデルもありますが、同額の投票用ポイントを配る方式とは区別が必要です。二乗投票の研究
もっとも、一人が複数人を装えたらどうなるでしょうか。参加者が結託した場合はどうでしょうか。投票の数式が優れていても、本人確認や不正への対応は残ります。RadicalxChangeの解説
そもそも、何を議題に載せるかを一部の人が握っていたら、投票方法だけを変えても十分ではありません。
情報を集め、議題を選び、話し合い、決め、実行し、結果を検証する。意思決定は、その全体で成り立っています。
Code is Lawについても、同じことがいえます。コードを誰が書き、誰が検証し、問題が見つかったら誰が変更するのでしょうか。ルールをプログラムで実行するほど、そのプログラムを決める手続きが重要になります。
そう考えると、DAOの評価をトークン価格だけで決めることも難しくなります。
価格が上がっていても、意思決定が一部の人に握られているかもしれません。価格が上がらなくても、共同資金を管理し、必要な活動を続けられているかもしれません。投資としての成績と、組織としての機能は、関係があっても同じものではありません。
DAOは幻想だったのでしょうか。
DAOにすれば、人間の利害対立や無関心まで解消できると考えたなら、その期待は大きすぎたのだと思います。プログラムは決められた処理を実行できても、人が何を望むべきかまで決めてはくれません。
それでも、誰か一人を信じるしかなかった部分を、見えるルールと検証できる手続きに変えていく。その可能性には、今も惹かれます。
誰が決めるのか。誰が止められるのか。間違えたときに、誰がどう改められるのか。少数者が不利益を受けたとき、異議を申し立てる余地はあるのか。
ローマの執政官も、議会も、株式会社も、DAOも、同じ制度ではありません。また、これらが一直線に進化してきたわけでもありません。それぞれ異なる目的と条件の下で、人が協力し、権限を配分する方法を考えてきました。
DAOという言葉を聞く機会は減りました。それでも、自律分散という発想を、過去の流行として片づける気にはなれません。
人が集まって何かを決める。その難しさが続く限り、DAOが投げかけた問いも残るのだと思います。
本稿は2026年10月5日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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