「ダブル・アイリッシュ」「ダッチ・サンドイッチ」。料理のような名前ですが、アイルランドとオランダの会社を組み合わせた国際的な租税回避スキームの呼び名です。Googleの税務戦略として注目されました。
ポイントは、単に税率の低い国に会社を設立することではありません。知的財産の使用料、法人の税務上の居住地、国境を越える支払の源泉税、米国の外国子会社課税を組み合わせるところにありました。
なぜ、アイルランドに2社も必要だったのか
当時のメモでは、「なぜ3社も必要なのか?」という問いから仕組みを整理しました。まず押さえるべきなのは、会社を設立した国と、税務上その会社が居住者とされる国は、必ずしも同じではなかったという点です。
典型的な形では、アイルランドで営業する会社と、同国で設立されながら管理・支配をバミューダ等に置く知的財産保有会社を組み合わせます。当時のアイルランドの居住地判定を利用すると、後者を同国の非居住法人として扱う余地がありました。「アイルランド法人2社」という法的な形と、2社の税務上の扱いの違いが、ダブル・アイリッシュの要です。
営業会社は国外の顧客にサービスを提供し、その売上から知的財産の使用料を支払います。使用料が損金になると、営業会社に残る課税所得は小さくなります。一方、使用料を受け取る側の税負担が小さければ、グループ全体の税負担を抑えられます。
ただし、使用料を好きな金額に決めてよいわけではありません。知的財産の帰属や移転価格など、別の税務上の論点が残ります。実際の事業活動、契約、資産の評価が不要になる仕組みではありません。
オランダの会社を間に挟む理由
営業会社の法人税を減らせても、使用料を国外に送る際に源泉税がかかれば、その分だけ効果が薄れます。そこで、アイルランドの営業会社から知的財産保有会社へ直接支払う代わりに、オランダ法人を経由する構成が採られました。
国外顧客への売上を計上
↓ 使用料
↓ 使用料
税務上はバミューダ等の居住者となる構成
2社のアイルランド法人の間にオランダ法人を挟むので「ダッチ・サンドイッチ」です。上図は使用料の流れを単純化したもので、株主関係や米国親会社、知的財産の移転契約のすべてを表してはいません。
米国側の課税はどうなるのか
もう一つの問題は、米国親会社の側です。外国子会社に所得を移しても、米国の外国子会社合算課税であるSubpart Fの対象になれば、配当を受け取る前に課税が生じ得ます。
そこで関係するのが、チェック・ザ・ボックスです。これは、一定の事業体について米国連邦税上の分類を選択する仕組みです。ある国では別々の会社であっても、米国税務上は所有者と一体として扱われる事業体にできる場合があるため、会社間の使用料の扱いにも違いが生じます。
チェック・ザ・ボックスは、すべての会社が課税・非課税を自由に選べる制度ではありません。対象となる事業体や所有関係などの条件があります。また、当時の米国での課税繰延べと、最終的に永久に課税されないことも別です。複数の国の税法が同じ取引を異なる形で見ることを利用した仕組み、と理解すると分かりやすいでしょう。
このスキームから見える国際税務の課題
顧客がいる国、営業担当者がいる国、契約を締結する会社の国、知的財産を保有する会社の国が分かれると、どの国がどこまで利益に課税するのかが難しくなります。
ここで問題になるのは、各国の税法を個別に読むだけでは見えにくい、国と国との制度の接合部分です。一方の国で費用として控除され、他方ではほとんど課税されない。その積み重ねが大きな税負担の差を生みます。
したがって、単に「海外に会社を作れば節税できる」という話ではありません。国際税務では、一国の税率だけでなく、送金時の課税、法人の居住地、所得の帰属、親会社側の合算課税まで見なければ、全体像を理解できないのです。
Subsequent developments (addendum)
以下は2011年のメモ作成後に公表された情報です。当時の理解を補足し、現在との違いを示すために追記しています。
Google自身が説明した使用料の流れ
2013年6月3日付の英国議会へのGoogleの書面回答では、Google Ireland Ltd.からGoogle Netherlands Holdings BVを経由し、Google Ireland Holdingsへ使用料等を支払い、その送金に源泉税はかからないと説明しています。
同時にGoogleは、オランダ法人を利用したのは設立当時のアイルランド源泉税への懸念からであり、2010年のアイルランドの法令変更後には、オランダ経由であることに源泉税上の重要な効果はないと考えるとも説明しました。したがって、「オランダを挟まなければ必ず源泉税がかかる」と、すべての時期を通じて断定するのは正確ではありません。
IMFの2013年10月『Fiscal Monitor』Box 5(冊子47〜48頁)でも、この仕組みが模式図付きで解説されています。米国側の事業体分類については、IRSのチェック・ザ・ボックス解説が、一定の事業体の分類選択と1997年1月1日からの一般的な適用を整理しています。
「GAFAMが全社同じことをした」わけではない
多国籍企業の税務戦略は、会社と時期によって異なります。Googleの上記の支払構造を、そのままApple、Amazon、Facebook、Microsoftの全社に当てはめることはできません。
たとえば、2013年の米国上院公聴会資料が扱ったAppleの事例では、アイルランド関連会社の居住地や所得帰属が問題となりました。さらに、2024年9月10日のEU司法裁判所判決の公表は、アイルランドによるAppleへの税務上の取扱いと国家補助の問題に関するものです。これらは、Googleのオランダ経由の送金がそのまま争われた事件ではありません。
制度の前提は変わった
- アイルランド:法人の居住地ルールを変更し、2015年1月1日以後の同国設立法人は、租税条約による例外を除き、同国居住者として扱う仕組みになりました。既存法人についての経過措置は2020年12月31日で終了Done.
- 米国:2017年の税制改正では、過去の一定の未課税外国利益について、実際に配当を受け取らなくても課税する移行税(Section 965)が設けられました。従来の課税繰延べを前提にした議論を、改正後にそのまま用いることはできません。
- オランダ:2021年から低税率国の関連会社に対する一定の利子・使用料への源泉課税が始まりました。
ダブル・アイリッシュ/ダッチ・サンドイッチは、国際税制の違いが何を生むかを理解する上で重要な歴史的事例です。しかし、当時の構造図をそのまま現在の節税策として紹介することはできません。制度の変化と併せて読む必要があります。
本稿は2026年9月14日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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