おしらせ

シンガポール移住の非居住者判定をめぐる税務訴訟で一部勝訴――弊事務所がアドバイザーとして関与

シンガポール移住後の居住者・非居住者判定をめぐる税務訴訟について、2023年4月12日、東京地方裁判所で納税者の一部勝訴の判決が言い渡されました。

本件は、弁護士法人ピクト法律事務所永吉啓一郎弁護士らが訴訟代理人として担当し、弊事務所は税理士として、本件のアドバイザーとして協力しました。担当弁護士については、判決PDFの29ページ「代理人目録」にも記載されています。

裁判所は、争われた3年分のうち、2015年について生活の本拠がシンガポールにあったと判断し、個人に対する所得税等の課税処分と、それに対応する会社側の源泉所得税等の処分の対象部分を取り消しました。本判決に対して控訴はされず、確定判決となっています。国税庁の公開資料にも「一部認容・確定」と記載されています。

弊事務所では、争われた金額が最も大きい2015年分について、個人・会社を合わせて約1億8,687万円(加算税を含む)の処分取消しが認められたことを踏まえ、本件を「一部勝訴(事実上の勝訴)」と評価しています。ただし、これは弊事務所としての評価であり、全年度・全処分の取消しが認められたという意味ではありません。

争点は「生活の本拠がどこにあったか」

本件は、日本の会社の経営者がシンガポールへの転出を届け出た後も、日本の所得税法上の「居住者」に該当するかが争われた事件です。対象は2013年の転出後から2015年まででした。

税務署は、日本に生活の本拠が残っていたとして、本人の所得税等に加え、報酬を支払った会社の源泉所得税等についても処分をしました。これに対し、納税者側は、日本の居住者ではないとして処分の取消しを求めました。

海外転出届を出したかだけでなく、実際の暮らしと仕事の中心がどこにあったのか。これが争点です。

判決の結論――年度によって判断が分かれた

対象年 裁判所の判断 結果
2013年(転出後)・2014年 日本国内に生活の本拠があった この期間について納税者の主張は認められず
2015年 生活の本拠はシンガポールにあった 本人の所得税等の決定処分・無申告加算税を取消し。会社側の同年分の源泉所得税等・不納付加算税についても、主文で特定された部分を取消し

同じ人の海外移住であっても、生活や事業の実態が変われば、年度ごとの結論も変わり得ることを示しています。主文は判決PDFの1ページをご覧ください。

争われた金額で比較すると、2015年分が全体の約半分を占める

本件は、3年分のうち1年分だけ主張が認められた事件ですが、年度の数だけでは、判決の経済的な意味は分かりません。判決の別表から、取消しを求めた本税と加算税を個人・会社の双方について集計すると、次のようになります。

争われた処分額(円) 2013年分 2014年分 2015年分
個人の所得税等(本税) 11,377,800 13,619,200 16,236,500
会社の源泉所得税等(本税) 23,576,030 115,796,192 152,195,844
個人・会社の加算税 4,036,500 14,272,000 18,437,000
合計 38,990,330 143,687,392 186,869,344
判決の結果 取消請求棄却 取消請求棄却 上記金額の処分取消し

2015年分の約1億8,687万円は、3年分の合計約3億6,955万円の約50.6%に当たります。金額が最も大きい年の課税処分を取り消すことができた点が、弊事務所が本件を「一部勝訴(事実上の勝訴)」と評価する理由です。

集計は、取消請求の範囲に合わせ、別紙20別紙26~29を基に算出しました。会社分は争われていない別紙2の金額を除き、2013年分には被合併法人分を含めています。個人の2013年分は、更正後の納付税額6,783,300円と、取消請求の基準となる還付税額4,594,500円との差額です。個人分は源泉徴収税額控除後の額を用い、会社分は追加告知額を用いています。延滞税等は含めておらず、実際の還付受取額を示すものではありません。

ポイント1:日本177日、シンガポール163日でも、日本の居住者とは限らない

2015年の滞在日数は、日本が177日、シンガポールが163日でした。日本での滞在の方が14日長かったにもかかわらず、裁判所は生活の本拠がシンガポールにあったと判断しました。

裁判所は、両国の滞在日数に有意な差がないことに加え、シンガポールの住居には家具や衣服などが十分に備えられ、そこで継続して生活していたことなどを考慮しました。

「どちらの国に長くいたか」という日数の比較だけでは決まりません。ただし、滞在日数が重要でないということでもありません。2013年・2014年は日本での滞在がシンガポールを大きく上回っていたことが、日本に生活の本拠があるとの判断を強く支えました。

ポイント2:肩書や報酬額だけでなく、仕事の実態を見る

本人は日本の会社の代表取締役等を務め、多額の役員報酬を受け取っていました。しかし、裁判所は、それだけで結論を出していません。

日本では担当者に業務が委ねられ、本人が国内で従事すべき仕事は限られていました。一方、シンガポールでは立ち上げたワイン事業が軌道に乗り始め、本人が仕入先との交渉や営業活動などに取り組み、現地に滞在する必要性が高まっていました。

会社の所在地や肩書に加えて、「本人がどこで、どの仕事に、どの程度従事していたか」が問われます。

ポイント3:第三国への出張も、どこの事業のためかを見る

本判決では、日本とシンガポール以外の「第三国」での活動も検討されています。2015年について、裁判所は、第三国に渡航してシンガポール法人のワイン事業の仕入れ等をしていた事実を認定しました。

その活動を加味し、シンガポールでの仕事を少なくとも週4日程度として計算した結果、同法人のワイン事業に従事した日数を115日(年間の約32%)と評価しました。一方、日本側については、交際費に計上された飲食等の日数と国内での番組収録等を考慮しても65日(年間の約18%)とし、仕事の実態を比較しています。

ここで加味されたのは、第三国で行った「シンガポール法人の事業に関する活動」です。第三国への旅行や滞在を一律にシンガポールの滞在日数へ加算したわけではありません。所在地だけでなく、その渡航がどの事業に結び付いていたのかを検討した点が重要です。判決PDF25ページに詳しく記載されています。

なお、2013年・2014年については、納税者側が主張する第三国の日数を仮に加味しても、日本での滞在日数が大きく上回るため結論は変わらないとしています。この部分も、第三国の日数を常に加算できると一般的に認めた判断ではありません(同23ページ)。

ポイント4:住居・家族・資産などを総合して判断する

裁判所は、住所を生活の本拠と捉え、①所在(滞在日数と住居)、②職業、③生計を一にする配偶者その他の親族の居所、④資産の所在などを総合的に考慮するという判断枠組みを示しています。

本件では、家族や資産の所在は、生活の本拠がどちらにあるかを判断する上で有意な差をもたらす事情とはされませんでした。また、一時帰国中に日本で通院していたことも、生活の本拠が国外にあることと矛盾しないと判断されています。

海外への移住意思、転出届、現地の就労許可や納税の事実はあっても、それだけで結論は決まりません。形式と生活の実態の両方を確認する必要があります。

本判決から読み取れる実務上の意義

本判決は、「日本での滞在が183日未満なら必ず非居住者になる」「海外に会社を設立すれば非居住者になる」という一律の基準を示したものではありません。具体的な生活・事業の実態を積み重ねて判断した事例です。

弊事務所では、こうした居住者・非居住者判定の実務や税務訴訟へのアドバイザーとしての関与経験を踏まえ、海外移住に伴う日本側の税務についてご相談を承っています。

判決全文

国税庁ウェブサイト:判決全文(PDF)
判決全文の保存版(PDF)

出典:国税庁「税務訴訟資料 第273号・順号13841」。東京地方裁判所2023年4月12日判決。判断枠組みはPDF19ページ、2015年についての判断は24~28ページを参照。保存版は国税庁が公開する匿名化済みPDFと同一のものです。

本稿は上記判決の要旨と弊事務所の評価を紹介するものです。居住者・非居住者の判定は個別の事実関係によって異なり、本件と同じ結果を保証するものではありません。

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