本稿は平成22年3月2日の最高裁判決の解説です。当時の源泉徴収制度を扱います。本文の10%は判決が扱った所得税率であり、現在の源泉徴収では付加税も別に確認してください。
この裁判は何か
| Item | 内容 |
|---|---|
| 事件番号 | 平成19(行ヒ)105 |
| 事件名 | 所得税納税告知処分取消等請求事件 |
| 裁判年月日 | 平成22年3月2日 |
| 法廷名 | 最高裁判所第三小法廷 |
| 結果 | 破棄差戻 |
| 判例集等巻・号・頁 | 民集 第64巻2号420頁 |
| 原審 | 東京高等裁判所 平成18(行コ)103 平成18年12月13日 |
報酬を支払うときに、支払う側が税金の一部をあらかじめ差し引いて国に納める。源泉徴収と呼ばれるこの仕組みは、実務ではごく当たり前の手続です。ところが、その計算式の中にある一語の読み方をめぐって、最高裁まで争われた事件があります。争点になったのは、政令に書かれた「当該支払金額の計算期間の日数」という言葉が、何日を指すのかという一点でした。
何が争われたのか
接待をして遊興または飲食をさせるお店が、そこで働くホステスに報酬を支払う場合、支払う側は源泉徴収をしなければなりません。本件で問題となった当時の所得税の計算方法は、報酬の支払金額から「政令で定める金額」を控除した残額に、100分の10の税率を乗じるというものでした。この控除される金額を定めているのが、所得税法施行令322条です。同条は、「同一人に対し1回に支払われる金額」につき、「5000円に当該支払金額の計算期間の日数を乗じて計算した金額」と規定しています。
この事件のお店では、報酬が半月ごとに計算され、支払われていました。毎月1日から15日まで、毎月16日から月末まで、というように期間を区切り、その期間ごとに各人の報酬額を計算して支払う運用です。お店の側は、5000円に半月間の全日数を乗じた金額を控除して源泉所得税額を計算し、納付していました。たとえば期間が15日間であれば、5000円に15を乗じた金額が控除額になります。
これに対して税務署側は、控除額は5000円に実際の出勤日数を乗じた金額にとどまると考えました。実際に出勤したのが8日であれば、控除額は5000円に8を乗じた金額にすぎない、という理解です。控除額が小さくなれば、差し引かれる源泉所得税額は大きくなります。その差額について、納税の告知と不納付加算税の賦課決定が行われ、お店の側がその取消しを求めたのがこの訴訟です。
原審は、税務署側の理解を採りました。個人事業者の所得は、収入から必要経費を差し引いて計算されるのだから、源泉徴収の段階でも、できるだけ実際の必要経費に近い額を控除するほうが制度の趣旨に合う、という理由づけです。報酬の計算要素になっているのが実際の出勤日の勤務時間である以上、必要経費が生じるのも出勤日だけと見るのが自然だ、とも述べています。こうして原審は、お店の側の請求をいずれも退けました。読み方としては、いかにも筋が通っているように見えます。
裁判所は何と言ったのか
ホステスの業務に関する報酬の額が一定の期間ごとに計算されて支払われている場合において,所得税法施行令322条にいう「当該支払金額の計算期間の日数」は,ホステスの実際の稼働日数ではなく,当該期間に含まれるすべての日数を指す。
最高裁は、原審の判断を是認することができないとして、原判決を破棄しました。控除額の計算に用いる日数は、実際に働いた日数ではなく、報酬を計算した期間に含まれるすべての日数である、というのが結論です。この事件でいえば、半月の集計期間の全日数が、そのまま計算に用いる日数になります。
結論を導いたのは「期間」という言葉だった
注目したいのは、最高裁がどこから話を始めたかです。制度の目的でも、課税の公平でもなく、「期間」という言葉そのものから出発しています。判決は、一般に「期間」とは「ある時点から他の時点までの時間的隔たりといった,時的連続性を持った概念」であると解されている、と述べます。そのうえで、施行令322条にいう「当該支払金額の計算期間」も、当該支払金額の計算の基礎となった期間の初日から末日までという時的連続性を持った概念であると解するのが自然であり、これと異なる解釈を採るべき根拠となる規定は見当たらない、としました。
言葉の意味を素直にたどれば、期間とは初日から末日までの切れ目のない時間の幅を指します。そこから出勤した日だけを抜き出して数えたものは、もはや期間の日数ではなく、日数の合計にすぎません。最高裁は、政令の文言がそのような読み方を許していない、と判断したことになります。
なぜ実費に近い読み方が退けられたのか
原審の読み方は、実際の必要経費に近づけようとするものでした。結果の当否だけを見れば、そちらのほうが公平に見えるという評価もありえます。しかし最高裁は、その方向の解釈を二つの理由で採りませんでした。
第一に、文言上の理由です。判決は、「租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではなく」と述べ、原審のような解釈は文言上困難であるとしました。税金の負担は法律と政令の定めによって決まります。書かれている言葉から離れた読み方を、結果の妥当性を理由に持ち込むことはできません。この考え方は、他の税務訴訟にも共通して流れています。国外財産の贈与を受けた時の住所が争われた事件では、補足意見が「租税法律主義という憲法上の要請」という言葉を用いていました。その事件については贈与税の「住所」が争われた事件で扱っています。
第二に、制度の趣旨からの理由です。判決は、ホステス報酬に係る源泉徴収制度において基礎控除方式が採られた趣旨は、「できる限り源泉所得税額に係る還付の手数を省くことにあった」ことが「立法担当者の説明等からうかがわれる」と述べました。つまりこの控除は、必要経費そのものを精密に測るために置かれたものではなく、後で返す手間をできるだけ減らすために置かれたものだ、という理解です。趣旨の面から見ても原審の解釈は採用し難い、というのが最高裁の判断でした。
ここで押さえておきたいのは、最高裁が趣旨を持ち出した順序です。まず文言を読み、その読み方が趣旨とも矛盾しないことを確かめる。趣旨を先に立てて文言を動かす、という順序ではありません。同じ税務訴訟でも、通達による画一的な評価と平等原則が正面から問われた事件では、判断の組み立て方が異なります。その違いは相続財産の評価が争われた事件と読み比べると分かりやすいはずです。
差し戻しで終わっているという事実
この判決の結果は破棄差戻です。最高裁は、控除額を5000円に集計期間の全日数を乗じて計算した金額としたうえで、納付すべき源泉所得税額および不納付加算税額を算定させるため、事件を原審に差し戻しました。日数の数え方という法律問題に決着をつけ、金額の計算は高等裁判所に返した、という形です。
なお、この訴訟では、欠勤や遅刻の際に報酬から差し引かれるペナルティの額を控除できるかどうかも争われており、原審はこれを控除することはできないと判断していました。最高裁の判決文が示しているのは、あくまで施行令322条の日数の意味についての判断です。
条文や政令の文言が変わるときは、毎年の税制改正の議論を経て、大綱という形で方向が示されます。最新のものは令和8年度税制改正大綱で確認できます。文言が変われば読み方も変わりますから、判決を読むときは、その判決がどの時点の条文について述べているのかを必ず確かめてください。
実務で迷いが生じるところ
- まず確認すべきは、報酬を何日から何日までの期間で計算しているのかという点です。締め日の定めがそのまま控除額の計算の前提になります。
- 実際に働いた日数と、報酬を計算した期間の日数は、別の数字です。両者を混同したまま計算式を組んでいないかを点検してください。
- 締め日や支払いの回数を変えると、1回の支払いに対応する期間の日数も変わります。運用を変更するときは、源泉徴収の計算への影響を先に確かめる必要があります。
- 源泉徴収は税額を前もって差し引く手続であり、その年の所得を最終的に計算する手続とは別のものです。控除額が実際の経費と一致しないこと自体は、制度の設計上ありうることとして判決文からも読み取れます。
- 報酬から差し引くペナルティや立替金などがあるときは、それが源泉徴収の計算上どう扱われるのかを、日数の問題とは分けて整理してください。
- 条文の言葉と、制度の趣旨についての説明が食い違うように見えるときは、まず条文の言葉を確かめるのが順序です。この判決は、その順序を明確に示しています。
- 争いになったときに手元で効いてくるのは、期間の定めと、期間ごとの計算の記録です。支払明細の様式は、期間が読み取れる形にしておくことをおすすめします。
出典
- 裁判所「裁判例結果詳細」 平成19(行ヒ)105
- 判決全文(PDF) 裁判所
本稿は平成22年3月2日の判決と、当該事件に適用された制度を扱う解説です。現行法を網羅した解説ではありません。判例の時点表示は2026年9月7日に確認・整理しました。
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