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贈与税の「住所」はどこにあるのか 香港赴任中に受けた国外財産の贈与

本稿は平成23年2月18日の最高裁判決の解説です。平成15年法律第8号による改正前の相続税法を対象とした判決です。現在の国外財産の贈与の課税関係は、受贈者の住所だけで判定できるとは限りません。

この裁判は何か

Item 内容
事件番号 平成20(行ヒ)139
事件名 贈与税決定処分取消等請求事件
裁判年月日 平成23年2月18日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
結果 破棄自判
判例集等巻・号・頁 集民 第236号71頁
原審 東京高等裁判所 平成19(行コ)215 平成20年1月23日

海外に赴任している間に、国外にある財産の贈与を受けた。本件に適用された当時の法律では、この国外財産の贈与に日本の贈与税がかかるかどうかは、受贈者が贈与時に国内に「住所」を持っていたかどうかで決まりました。その「住所」という言葉をどう読むのかを、最高裁が正面から示したのがこの事件です。争われた贈与税の額は1157億0290万1700円、無申告加算税は173億5543万5000円でした。

何が争われたのか

贈与が行われた当時の相続税法では、贈与によって取得した財産が国外にあるものである場合、受贈者がその贈与を受けた時に国内に住所を有していることが、贈与税がかかるための条件とされていました(1条の2第1号)。納税義務の範囲を定める2条の2と合わせて読むと、贈与を受ける人の住所も、贈与される財産も、どちらも国外にあるときは、日本の贈与税の課税要件を満たさないという形になっていました。

この事件で贈与を受けたのは、国内の会社の香港駐在役員として、また現地法人の役員として香港に赴任していた者です。その両親から、オランダ王国の非公開有限責任会社の出資持分の贈与を受けました。所轄の税務署長は、贈与を受けた時に国内に住所があったとみて、贈与税の決定処分と無申告加算税の賦課決定処分を行いました。贈与を受けた側は、そのとき国内に住所はなく納税義務を負わないと主張して、処分の取消しを求めました。

事実関係として認定されたのは、通算で約3年半の赴任期間のうち、約3分の2の日数を香港の居宅で過ごし、現地で関係者との面談などの業務に従事していたこと、その一方で約4分の1の日数は国内の居宅に滞在し、国内でも会社の業務に従事していたことです。さらに原審は、贈与税を避けられる状況を整えるために出国したことを本人が認識しており、国内での滞在日数が多くなりすぎないよう調整していたと認定しました。争点は、こうした事情のもとで、贈与を受けた時の住所が国内にあったといえるかどうかでした。

裁判所は何と言ったのか

香港に赴任しつつ国内にも相応の日数滞在していた者が国外財産の贈与を受けた場合において,当該贈与を受けたのが上記赴任の開始から約2年半後のことであり,通算約3年半にわたる赴任期間中の約3分の2の日数を香港の居宅に滞在して過ごし,その間に現地での業務に従事していたなど判示の事実関係の下では,上記期間中の約4分の1の日数を国内の居宅に滞在して過ごし,その間に国内での業務に従事していた上,贈与税回避の目的の下に国内での滞在日数が多くなりすぎないよう調整していたとしても,その者は,当該贈与を受けた時において,相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの)1条の2第1号所定の贈与税の課税要件である国内(同法の施行地)における住所を有していたということはできない。

最高裁は、国内に住所があったと判断した原審を破棄し、みずから結論を出しました。国内にも相応の日数滞在していたこと、国内でも仕事をしていたこと、そして贈与税を避ける目的で滞在日数を調整していたことを、いずれも前提として認めたうえで、それでもなお国内に住所があったとはいえない、と述べています。

ここで注意したいのは、最高裁が目的の存在を否定したわけではないという点です。目的はあった、しかしそれは住所があるかどうかの答えを変えない、という組み立てになっています。なぜそうなるのかは、次の二つの説明にあらわれています。

「住所」は税法だけの特別な言葉ではない

ここにいう住所とは,反対の解釈をすべき特段の事由はない以上,生活の本拠,すなわち,その者の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すものであり,一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。

相続税法は、住所という言葉を使って課税の条件を定めていますが、その意味を法律の中で定義してはいません。そこで最高裁は、この言葉を民法から借りてきたものとして読みました。参照された条文は民法22条で、住所とは生活の本拠を指します。そして生活の本拠にあたるかどうかは、外から見て生活の中心といえる実体がそこにあるかどうかで決める、というのがこの判断の骨格です。

この読み方は、この事件のために新しく作られたものではありません。判決は、住所について同じ考え方を示した過去の最高裁判決を三つ引用したうえで、この事件にも同じ基準を当てはめています。税金の場面だから特別に厳しく読む、という発想はとられていません。

税を避ける目的があっても、暮らしの実体は消えないのか

主観的に贈与税回避の目的があったとしても,客観的な生活の実体が消滅するものではない。

原審は、贈与税を避けられる状況を整えるために出国し、滞在日数を調整していたことを重くみて、香港と国内の滞在日数の多い少ないを主な判断材料にするのは相当ではない、としました。そのうえで、国内の会社での地位の重要性、家財を移していないこと、香港での資産が全体のごく一部にとどまることなどを並べ、住所は国内にあったと結論づけていました。

最高裁はこの組み立てを認めませんでした。住所にあたるかどうかは客観的な実体で決めるものである以上、頭の中にどのような目的があったとしても、現に香港で過ごし、現に現地で業務に従事しているという事実そのものが消えるわけではない、という理由です。実際、香港での滞在日数は国内の約2.5倍に達しており、しかもその滞在は贈与税を避ける目的で仮装された、中身のないものとはうかがわれない、と判決は述べています。

原審が挙げたその他の事情についても、判決は一つずつ理由を示して退けています。帰国時に家族の住む国内の居宅で起居していたことは、帰国時の滞在先として自然な選択にすぎないとされました。家財を移していない点は、費用や手続の煩雑さに照らせば不合理ではないとされています。清掃などのサービスが受けられるアパートメントに滞在していた点も、単身で海外赴任する際の通例や本人の地位、報酬、財産に照らせば自然な選択であるとされました。預金などの資産を移していないことも、海外赴任者に通常みられる行動と食い違うものではないと判断されています。こうして、生活の実体がどこにあったのかという一点に判断が絞り込まれていきます。

条文の限界を、判決はどこに置いたのか

贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり,このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば,法の解釈では限界があるので,そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。

この一文は、結論の座りの悪さを判決自身が引き受けたところです。課税する側から見て望ましくない結果が生じているとしても、条文の言葉の読み方を動かして穴を埋めるのではなく、条文そのものを作り直すのが筋である、という整理になっています。裁判所が引ける線と、立法が引くべき線とを分けたわけです。

ここは、同じ税務訴訟でも判断の向きが異なる事件と読み比べると、輪郭がはっきりします。たとえば外国税額控除の制度濫用が争われた事件では、制度を濫用し税負担の公平を著しく害するとして控除が認められませんでした。また相続財産の評価が争われた事件では、通達どおりの評価を上回る価額によることが平等原則に反しないとされています。どの事件も、条文や通達の言葉と、税負担の公平との間で線を引き直す作業をしている点では共通します。

補足意見は何を書き添えたのか

結局,租税法律主義という憲法上の要請の下,法廷意見の結論は,一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども,やむを得ないところである。

この事件には裁判長裁判官による補足意見が付いています。補足意見は、親から子へ財産の支配が無償で移った点では、ふつうに贈与した場合と経済的な中身に大きな違いはなく、著しい不公平感を免れないと述べます。それでも、憲法が求める租税法律主義のもとでは、課税の条件は明確でなければならず、明確な根拠がないのに拡張解釈などによって課税することは許されない、という筋道をたどります。

結論に賛成しながら、結論への違和感まで判決文に書き残した点が、この補足意見の特徴です。納税者から見れば、税の世界では条文の言葉が最後の決め手になる、という原則を裏側から確認した部分ともいえます。

実務で迷いが生じるところ

  • 住所は、届出や登録の形だけで決まるものではありません。この事件でも、住民登録の転出届は住所の判断材料の一つとして触れられていますが、それだけで結論が導かれてはいません。
  • 滞在日数は強い手がかりですが、日数だけを数えれば足りるわけでもありません。判決は、日数に加えて、現地で実際に業務に従事していたこと、そこに仮装がうかがわれないことを重ねて述べています。
  • 目的があること自体は住所の判断を左右しませんが、目的をめぐる事実は、税務調査や裁判の場で必ず持ち出されます。何をいつ誰の助言で決めたのかという記録は、そのまま争点の材料になります。
  • 居宅の契約期間、業務の内容と相手方、帰国の頻度と国内での職務は、いずれも判決が具体的に検討した事項です。後から再現できる形で残っているかどうかが、判断の分かれ目になります。
  • この判決が判断したのは、平成15年法律第8号による改正前の相続税法1条の2第1号を当てはめた場合の結論です。条文が異なれば結論も異なり得るため、いま適用される条文を確かめる作業が別に必要になります。
  • 課税の条件は立法で動きます。毎年公表される令和8年度税制改正大綱のような資料に目を通し、自分の予定している取引がどの条文に当たるのかを確認しておくことをおすすめします。

出典

本稿は平成23年2月18日の判決と、当該事件に適用された制度を扱う解説です。現行法を網羅した解説ではありません。判例の時点表示は2026年9月7日に確認・整理しました。

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