条文の定義
「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」(所得税法第35条第1項)
暗号資産の売買で利益が出たとき、その利益は所得税の世界でどこに置かれるのか。この問いに答えるための出発点が、いま引用した所得税法第35条第1項です。
読んでいただくと分かるとおり、この条文は「雑所得とはこういう所得である」という説明をしていません。書いてあるのは、9つの所得の名前と、そのいずれにも該当しない所得という一言だけです。雑所得には、それ自体を積極的に定義する文章が存在しないのです。
そして、この条文には「暗号資産」という語が一度も出てきません。所得税法第35条第1項は、暗号資産を名指ししていません。それでも暗号資産の所得がここに行き着くのは、条文の作りがそもそも消去法だからです。まずはこの構造を押さえてください。
骨格
| Issue | 条文の定め |
|---|---|
| 暗号資産とは何か | 資金決済に関する法律第2条第14項が定義しています。代価の弁済のために不特定の者に対して使用でき、不特定の者を相手方として購入及び売却ができる財産的価値で、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの、といった要件が並びます。 |
| 雑所得とは何か | 所得税法第35条第1項が「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」と定めています。他の9種類を先に決めて、残りを雑所得とする書き方です。 |
| 雑所得の金額はどう計算するか | 所得税法第35条第2項第2号が「その年中の雑所得(公的年金等に係るものを除く。)に係る総収入金額から必要経費を控除した金額」と定めています。収入から必要経費を引く、という素直な形です。 |
| 暗号資産の必要経費をどう算定するか | 所得税法第48条の2第1項が、「その者の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額を算定する場合」における、その年12月31日に有する暗号資産の価額の評価について定めています。 |
| 評価の方法 | 所得税法施行令第119条の2第1項が、総平均法と移動平均法の2つを掲げています。同令第119条の3第2項が届出の手続を定め、届け出なかった場合については同令第119条の5第1項が総平均法によるものとしています。 |
| 信用取引の場合 | 所得税法施行令第119条の7が、暗号資産信用取引を決済した場合に「その年分の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額」を定めています。 |
雑所得は、なぜ「消去法」で決まるのか
所得税法は所得を10種類に分けています。利子、配当、不動産、事業、給与、退職、山林、譲渡、一時、そして雑。このうち最初の9つには、それぞれ「こういう所得を指す」という定義が置かれています。雑所得だけが違います。第35条第1項は、9つの名前を並べたうえで「いずれにも該当しない所得」と書いて終わっているからです。
つまり雑所得は、他の9つの枠に入らなかったものが最後に落ちてくる受け皿です。順番としては、まず9つの枠に当てはまるかどうかを検討し、どれにも当てはまらないと確認できてはじめて、雑所得という答えが出ます。
ここが、暗号資産の話をするときに誤解されやすいところです。「暗号資産の所得は雑所得です」と言うと、条文のどこかに「暗号資産は雑所得とする」と書いてあるかのように聞こえます。しかし、そのような条文はありません。正確には、暗号資産の売買から生じた利益は、利子所得でも配当所得でも不動産所得でもなく、給与所得でも退職所得でも山林所得でもなく、譲渡所得にも一時所得にも当たらない、だから雑所得になる、という道筋をたどっています。
この道筋のなかで、いちばん議論を呼んできたのが譲渡所得です。暗号資産を売って利益が出た、という事実だけを見れば、資産を譲渡して得た所得のように見えます。それなら譲渡所得ではないか、という疑問は自然に出てきます。
ところが、暗号資産について所得税法が置いた条文の書きぶりを読むと、法律の側は別の前提に立っていることが分かります。次の節で見ていきます。
条文は、暗号資産の所得をどう位置づけているのか
所得税法には、暗号資産だけを名指しした条文がひとつあります。第48条の2です。見出しは「暗号資産の譲渡原価等の計算及びその評価の方法」。そこにこう書かれています。
「……その者の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額を算定する場合」(所得税法第48条の2第1項)
短い一節ですが、注目していただきたいのは、ここに挙がっている所得の種類です。事業所得と雑所得の2つしかありません。譲渡所得は出てきません。一時所得も出てきません。
もちろん、第48条の2は所得区分そのものを定める条文ではありません。これは、年末に持っている暗号資産をいくらで評価するか、という必要経費の計算方法を定めた条文です。それでも、暗号資産の必要経費の計算という場面を想定するにあたって、法律が名前を挙げた所得は事業所得と雑所得だけでした。つまり条文自身が、個人の暗号資産の所得を事業所得か雑所得のどちらかとして想定していると読めます。
同じ言い回しは、政令にも繰り返し現れます。
- 所得税法施行令第119条の4第2項は、評価方法の変更手続について棚卸資産の規定を準用するにあたり、「事業所得の金額」とあるのを「事業所得の金額又は雑所得の金額」と読み替えるものとしています。
- 所得税法施行令第119条の5第2項は、税務署長が更正又は決定をする場面について、「その居住者の各年分の事業所得の金額又は雑所得の金額」と書いています。
- 所得税法施行令第119条の7は、暗号資産信用取引の決済について、「その者のその年分の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額」と書いています。
法律と政令のいずれにおいても、暗号資産が登場する場面で並べられているのは、事業所得と雑所得の2つです。この一貫した書きぶりが、暗号資産の所得区分を考えるときのいちばん確かな手がかりになります。
では、事業所得と雑所得のどちらになるのか。ここについて、条文は基準を書いていません。第48条の2も、政令の各条も、「事業所得の金額又は雑所得の金額」と並べて書くだけで、その分かれ目には触れていないのです。多くの個人の方にとっては雑所得として扱われる場面が中心になりますが、事業として行っている場合の線引きは、条文の文言からは直接には出てきません。ここは条文が答えを用意していない領域だ、と理解しておくのが正確です。
総合課税であることは、何を意味するのか
雑所得になると、その金額の計算はこうなります。
「……その年中の雑所得(公的年金等に係るものを除く。)に係る総収入金額から必要経費を控除した金額」(所得税法第35条第2項第2号)
収入から必要経費を引いた金額が、雑所得の金額です。ここまでは分かりやすいと思います。問題はその先です。
雑所得は、総合課税の対象です。総合課税とは、その年の所得をひとまとめに合算したうえで税率をかける仕組みのことをいいます。給与をもらっている方であれば、給与所得と暗号資産の雑所得が合算されます。事業をされている方なら、事業所得と合算されます。そして所得税の税率は、合算後の金額が大きくなるほど段階的に高くなる仕組みになっています。
この点が、実際の負担感に効いてきます。同じ100万円の利益でも、その人の他の所得がいくらあるかによって、上乗せされる税負担は変わります。暗号資産の利益だけを取り出して「この利益にはこれだけの税金がかかる」と単独で計算することができません。年間の所得全体を見ないと、答えが出ないのです。
もうひとつ、実務上やっかいなのは時期の問題です。暗号資産の価格は年の後半に大きく動くことがあります。年末近くに大きな利益が出ると、その年の所得全体が押し上げられ、結果として合算後の税率にも影響します。年の途中で見通しを立てておかないと、確定申告の時期になってから納税資金に困る、ということが起こり得ます。
ご自身の場合の負担がどうなるかは、その年の所得全体をもとに個別に確認していただく必要があります。
これから何が変わるのか
ここまで説明してきたのは、現在の条文が置かれている姿です。この姿は、これから変わることが見込まれています。
令和8年度税制改正大綱では、一定の暗号資産の譲渡等について、他の所得と分離して課税する申告分離課税への移行と、その税率を20%とすることが打ち出されました。総合課税として他の所得と合算する現在の扱いから、切り離して課税する扱いへ、という方向転換です。
詳しい内容と、対象になる暗号資産の範囲、適用が始まる時期については、令和8年度税制改正大綱のポイントをご覧ください。
ここで気をつけていただきたいのは、大綱は閣議決定された方針であって、それ自体が課税の根拠になるものではない、ということです。実際に課税の扱いが変わるのは、大綱の内容が法律として成立し、施行されてからです。それまでの間の取引については、いま引用してきた条文がそのまま働きます。「分離課税になるらしい」という話と、いま目の前にある取引の扱いは、切り分けて考えてください。
実務で迷いが生じるところ
- 暗号資産を売却せず、別の暗号資産に交換した場合。日本円を受け取っていないのに所得が生じるのか、という点で迷いが生じます。
- 暗号資産で商品やサービスの代金を支払った場合。買い物をしただけのつもりでも、暗号資産を手放している点をどう見るかという問題があります。
- マイニング、ステーキング、レンディングなどで暗号資産を受け取った場合。受け取った時点の評価と、その後に売却した時点の評価の、二段階の整理が必要になります。
- エアドロップやハードフォークで、対価を払わずに暗号資産を取得した場合。取得価額をどう考えるかが問題になります。
- 報酬や給与を暗号資産で受け取った場合。受け取り自体がどの所得に入るかと、その後の値動きをどう扱うかが分かれます。
- 事業所得と雑所得のどちらになるか。条文が分かれ目を書いていないため、判断の材料をどこに求めるかという問題になります。
- その年に損失が出た場合の扱い。他の所得との関係をどう整理するかは、条文と改正の内容を個別に確認する必要があります。
- 複数の取引所やウォレットに同じ種類の暗号資産が分かれている場合。総平均法や移動平均法をどの単位で適用するかが問題になります。
- 海外の取引所を使っている場合。取引記録の形式が国内と異なり、年間の集計そのものに手間がかかります。
- 評価方法の届出をしていなかった場合。所得税法施行令第119条の5第1項により総平均法によることになりますが、ご自身がどちらで計算してきたかを確認しておく必要があります。
根拠条文
- 所得税法 第35条第1項(雑所得)/引用した文言:「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」
- 所得税法 第35条第2項第2号(雑所得)/引用した文言:「その年中の雑所得(公的年金等に係るものを除く。)に係る総収入金額から必要経費を控除した金額」
- 所得税法 第48条の2第1項(暗号資産の譲渡原価等の計算及びその評価の方法)/引用した文言:「その者の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額を算定する場合」
- 所得税法施行令 第119条の2第1項(暗号資産の評価の方法)/引用した文言:「総平均法」「移動平均法」
- 所得税法施行令 第119条の3第2項(暗号資産の評価の方法の選定)/引用した文言:「その暗号資産と種類を同じくする暗号資産につき、前条第一項に規定する評価の方法のうちそのよるべき方法を書面により納税地の所轄税務署長に届け出なければならない」
- 所得税法施行令 第119条の4第2項(暗号資産の評価の方法の変更手続)/引用した文言:「「事業所得の金額」とあるのは、「事業所得の金額又は雑所得の金額」と読み替えるものとする」
- 所得税法施行令 第119条の5第1項(暗号資産の法定評価方法)/引用した文言:「総平均法により算出した取得価額による評価の方法とする」
- 所得税法施行令 第119条の5第2項(暗号資産の法定評価方法)/引用した文言:「その居住者の各年分の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算を適正に行うことができると認めるとき」
- 所得税法施行令 第119条の7(信用取引による暗号資産の取得価額)/引用した文言:「その者のその年分の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額」
- 資金決済に関する法律 第2条第14項(定義)/引用した文言:「これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値」「電子情報処理組織を用いて移転することができるもの」
本稿は2026年9月6日時点の法令に基づく一般的な解説です。実行の前に必ず個別にご相談ください。
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