弊事務所・弊社は、「日本でも数少ない「国際税務」と「M&A」を専門分野とする税理士事務所」です。
そんな弊事務所・弊社が関与した数ある案件の中でも最も記憶に残る案件のひとつ、「オーナー経営者のマレーシア移住とM&A」案件について、以下、ケーススタディとして解説させていただきます。
M&Aや海外移住にご関心のある、中小企業オーナー経営者のみなさまのご参考まで。
ご相談
2012年の年末、とあるオーナー経営者様からの電話でのご相談。「国内で役員をしていると、仮に役員報酬が5000万円として、最大50%、2500万円の所得税課税をされるけれど、海外に移住して経営をすれば、20%の源泉所得税、1000万円だけで済むのではないか?」「もしそうであれば、1500万円も得をする」「もともと「こどもの英語教育」もしたかったので、家族で海外に移住しながら経営を続けたい」とのご相談でした。
分析
◯非居住者の役員報酬
国際税務の基礎、大原則ですが、個人の場合、(日本の)居住者は「全世界所得課税(日本国内で稼いでも、日本国外で稼いでも、すべて日本で課税)」である一方、非居住者は「国内源泉所得課税(日本国内で稼いだ所得のみ課税)」のみとなります。
その上で、居住者の場合には、所得の種類が10種類に分類されるのに対し、非居住者は大きく12種類の所得に分類されます。また、非居住者は、どういった恒久的施設(英語で”PE”: Permanent Establishmentと言います)を持っているかに応じて、4種類の課税形態があり、この12種類の所得と4種類の恒久的施設の課税関係について、国税庁による下記の通達で分かりやすくまとめられています。
所得税法基本通達164-1
非居住者に対する課税関係の概要は、表5のとおりである。
なお、この表は、法に規定する課税関係の概要であるから、租税条約にはこれと異なる定めのあるものがあることに留意する。(昭63直法6-7、直所3-8、平2直法6-5、直所3-6、平4課法8-5、課所4-3、平8課法8-2、課所4-5、平11課法8-1、課所4-3改正、平13課法8-2、課個2-7改正、平14課法8-5、課個2-7、課審3-142改正、平15課法8-3、課個2-13、課審3-19、平16課法8-3改正、平17課法8-2、課個2-19、課審4-89、平19課法9-9、課個2-20、課審4-32、平21課法9-3、課個2-17、課審4-31、平22課個2-16、課法9-1、課審4-30、平23課個2-33、課法9-9、課審4-46改正)〔表5〕 非居住者に対する課税関係の概要
(注)
1 措置法第37条の10の規定により国内に恒久的施設を有する者が行う株式等の譲渡による所得については、15%の税率で申告分離課税が適用される。
なお、平成20年改正前の旧措置法第37条の11の規定により、平成15年1月1日から平成20年12月31日までの間の上場株式等の譲渡による所得については7%の軽減税率が適用される。また、平成21年1月1日から平成25年12月31日までの間の上場株式等の譲渡による所得については、平成20年改正法附則第43条の規定により、7%の軽減税率が適用される。
2 措置法第41条の9の規定により懸賞金付預貯金等の懸賞金等については、15%の税率で源泉分離課税が適用される。
3 措置法第41条の12の規定により割引債(特定短期公社債等一定のものを除く。)の償還差益については、18%(一部のものは16%)の税率で源泉分離課税が適用される。
4 資産の所得のうち資産の譲渡による所得については、不動産の譲渡による所得及び令第291条第1項第1号から第6号までに掲げるもののみ課税される。
5 措置法第37条の12の規定により国内に恒久的施設を有しない者が行う株式等の譲渡による所得については、15%の税率で申告分離課税が適用される。
6 措置法第42条の規定により特定の免税芸能法人等が得る対価については、15%の税率が適用さる。
7 措置法第3条及び第41条の10の規定により国内に恒久的施設を有する者が得る利子等(四号所得)及び定期積立の給付補てん金等(十一号所得)については、15%の税率で源泉分離課税が適用される。
8 措置法第8条の2の規定により国内に恒久的施設を有する者が得る配当等(五号所得)のうち私募公社債等運用投資信託等の収益の分配に係る配当等については、15%の税率による源泉分離課税が適用される。
9 平成20年改正前の旧措置法第9条の3の規定により上場株式等に係る配当等(当該配当等の支払に係る基準日において当該配当を支払う内国法人の発行済株式又は出資の総数又は総額の3%以上(平成23年10月1日前に支払を受けるべき配当等については5%以上)に相当する数又は金額の株式又は出資を有する個人がその内国法人から支払を受けるものを除く。)、公募証券投資信託(公社債投資信託及び特定株式投資信託を除く。)の収益の分配に係る配当等及び特定投資法人の投資口の配当等については、平成15年4月1日から同年12月31日までの間は10%、平成16年1月1日から平成20年12月31日までの間は7%の軽減税率が適用され、平成21年1月1日以後は措置法第9条の3の規定により15%の税率が適用される。
なお、上記の配当等のうち、平成21年1月1日から平成25年12月31日までの間に受けるものについては、平成20年改正法附則第33条の規定により7%の軽減税率が適用される。
10 措置法第8条の5の規定により国内に恒久的施設を有する者が得る配当等(源泉分離課税が適用されるものを除く。)については、確定申告による総合課税又は申告分離課税(平成21年分以後)を受ける必要のないいわゆる配当所得の確定申告不要制度の適用が認められる。
11 措置法第9条の6の規定により外国特定目的信託の利益の分配及び外国特定投資信託の収益の分配については、内国法人から受ける剰余金の配当とみなされる。
12 法第5条、第6条の2、第6条の3及び第7条の規定により、法人課税信託の受託者は、その信託財産に帰せられる所得についてその信託された営業所(国内又は国外の別)に応じ、内国法人又は外国法人として所得税が課される。
13 措置法第41条の21の規定により、投資組合契約を締結している外国組合員で当該投資組合契約に基づいて行う事業につき国内に恒久的施設を有する者のうち一定の要件を満たすものについては、特例適用申告書を提出することにより国内に恒久的施設を有しないものとみなされる。
上記のとおり、非居住者の「役員報酬」は、この12種類の「非居住者の所得」のうち8番目、いわゆる「(所得税法第161条)8号所得」になり、この役員は恒久的施設を持たないいわゆる「4号PE」に該当するのですが、租税条約の上書き規定を考慮しなければ、おっしゃるとおり、通常、「(非居住者が日本国内で稼ぐ)役員報酬は、税率20%の源泉分離課税」になり、かなりの税効果が期待できます。
◯マレーシア側での課税
マレーシア居住者が日本企業の経営をリモート・コントロールし、日本企業から役員報酬を得た場合(実質、マレーシアから経営をし、日本企業から報酬を獲得した場合)、マレーシア側ではどのような課税関係になるのでしょうか?
実はマレーシア、所得税率(法人税率)が22.5%のため(日本から見た)タックスヘイブンとはされないものの、税率20%以下の国(日本から見たタックスヘイブン)である、シンガポール・香港同様、「オフショア所得非課税」という税制を採用しています。つまり、マレーシア居住者やマレーシア法人が獲得したマレーシア国外の利益・所得には、マレーシアでは課税がされません。(ちょっと複雑で分かりにくいかもしれませんが、ドバイとかブルネイとか特殊なアジア諸国を除き、マレーシアは、「(日本から見た)タックスヘイブンではないのに、オフショア所得非課税のアジア唯一の国」でもあります。余談ですが、アジア諸国で見ると、実は、台湾やスリランカも税率20%以下なので、隠れたタックスヘイブンです。)
現実問題として、「中小企業=社長」の場合、社長が海外に住んでいて、果たして会社が回るのか?
中小企業の国際税務といいますか、中小企業オーナー経営者の国際税務一般の命題ですが、「中小企業=社長」の場合、実際にオーナー経営者が海外から国内の会社をリモート・コントロールするのはなかなかむずかしいものです。
当社としては、「税効果を第一義的に求めて海外に移住するのは、非現実的で、場合によっては非常にリスキー」「何が一番大事なのか?お子様の教育なのか?ご夫婦のライフスタイルなのか?税金なのか?」「税効果を求めて会社経営が疎かになるのは(結果、役員報酬もままならなくなるので)本末転倒」と、アドバイスさせていただきました。
その上で、「海外在住の社長として会社を継続すること」以外にも、「M&Aをして他社に事業承継し、アーリーリタイアすること」「財産形成を考えれば、アフタータックスの役員報酬で10年掛けて築き上げられるかどうかの財産を、M&Aで一瞬にして築きあげる可能性」も選択肢としてあるのではないかとご提案させていただきました。
社長の気付き
その後約6か月が経ち、2013年の夏、いろいろとご検討された上で、再度、このオーナー経営者様から連絡がありました。「先生、M&Aすることにした。」「来月、マレーシアへの移住も実行する。マレーシアの家も契約した。」「会社の譲渡先を探してほしい。」とのことでした。
M&Aの話はドラマチックすぎて長くなるので、M&Aのプロセスにご関心のある方はこちらの小冊子をお読みいただければと思いますが、結局、このオーナー経営者様は1か月後に本当にご家族と一緒にマレーシアへ出国されました。
結論から言うと、この会社は、さらにその数か月後に、大手同業者に譲渡することができ、このオーナー経営者様は、手取りで約4億円を手にすることができました。仮に役員報酬を5000万円、税引き後の手取りを2500万円として、毎年1000万円の生活費が掛かるとすると、4億円の金融財産を形成するには、毎年1500万円の貯蓄を続けても約27年掛かります。(4億円÷5000万円で8年で実現しそうですが、それは不可能です。)
M&Aのすごさとマレーシアのすごさ
M&Aはよく「時間を買う」ことだと言われます。つまり、買い手にとって、「収益の出る事業を立ち上げるのには時間が掛かるが、M&Aで収益事業を買えば一瞬で収益(力)を獲得できる」ということですが、逆も当てはまります。売り手にとっても、まさに「時間を買う」「時間を掛けて築き上げる金融財産を一瞬で獲得できる」わけです。
この事例が面白いのは、M&Aのクロージング前にオーナー経営者様がマレーシアに移住し、マレーシアから債券や株式などの投資事業をすると決められたこと。マレーシアの税制の面白いところは、シンガポールや香港同様、「原則として、金融所得非課税」というところにあります。
つまり、まず、M&Aによって生じるキャピタル・ゲインにマレーシアでは課税されません(日本側では少し工夫が必要です)。もっとすごいのは、マレーシアに持っていった4億円の金融財産(かんたんに言えば「預金」)から生じる金融所得(利息)にもマレーシアでは課税されません。
つまり…
◯高度経済成長期にあるマレーシアは、その他の新興諸国と同様、経済成長率に比例して、預金利息も5%程度で回る
◯4億円を預ければ、毎年2000万円の不労所得が得られる
◯さらに、その預金利息は無税(つまり、額面=手取りになり、日本の税率を考えれば、2500万円の預金利息を獲得することや4000万円の役員報酬を得ることと等しい)
◯もっと言うと、マレーシアの物価は日本の約1/4(ある程度の贅沢をしても1/2で済む)
◯ということは、マレーシアで年間2000万円の金融所得があるということは、日本に住んでいる感覚で考えると、年間5000万円から1億6000万円くらいの不労所得がある感覚
ご参考
結論
マレーシアはよく「アジアの優等生」と言われます。日本・シンガポール・香港や、韓国・台湾と比べればまだまだ発展途上ですが、アジア新興諸国の中ではずば抜けて優秀な国。
日本人の海外移住にもブームがあり、古くはアメリカ、1990-2000年代はオーストラリアが人気でした。そしていま、(オーストラリアの物価上昇もあり、)日本人の海外移住先国ランキングでは、マレーシアがオーストラリアを抜いてトップです。
これは、「温暖な気候」以外にも、「オフショア所得非課税」「金融所得非課税」といった「税務上の優遇措置」も大きく影響しているはず。
また、MM2Hというビサ(査証)が取りやすいのも大きなポイントです。
当事務所・当社は、これからも、ご自身のライフスタイルや人生設計に真剣な、チャレンジングな日本人のみなさまを応援してまいります。
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